第6話

  飴屋を後にした真司達は、ぶらぶらと出店を回りながら歩いていた。

 すると、真司は、ふと小物屋に目が行った。

 

(あ……これ……)

 

 真司は小物屋に売られている物に触れる。それは硝子のように透明な大輪の花のかんざしだった。

 花の先だけはほんのりと淡い蒼色をしている。真司は、その簪をしげしげと見ていた。

 

(なんだか、菖蒲さんに似合いそうだな……)

 

 その言葉が口に出ていたのだろうか?横から白雪がヒョコッと顔を出し微笑んだ。


「その簪、菖蒲様に似合いそうですね」


 真司は口に出していたのかと思い、慌てて自分の口を手で塞ぐ。


「ぼ、僕、もしかして口に出していましたか!?」

「え? ……あぁ。うふふふ」


 言っていることが最初わからなかった白雪は、真司の言っている意味がわかるとクスクスと笑い始めた。


「ふふっ、大丈夫ですよ真司さん。口には出ていません。それより、その簪の花は月下美人ですね」

「月下美人ですか?」


 真司の問いかけに白雪が小さく頷く。


「はい。月下美人とは、年に数回、それも、一夜限り咲く花のことです。 日本では六~十一月に咲きますね。元は、外国の花らしいですよ」

「へぇ~」

 

(菖蒲さんと一緒で、白雪さんも物知りだなぁ~)

 

 白雪は微笑みながら月下美人の簪を見ている真司にそっと耳打ちをする。


「菖蒲様に買ってあげたら、きっと喜びますよ?」

「――っ!!!」

「ふふっ。それでは、私は先に雪芽達のところに行きますね。真司さんも早く来てくださいね」


 そう言って、白雪は妖怪達の中に消えて行った。


「…………」


 再び、ジッと簪を見つめる真司。

 そして、決意が決まった真司は財布をポケットから取り出したのだった。

 

 ――時刻は、そろそろ子の初刻を指している。

 

 真司達は、百鬼夜行が始まる時間が訪れたのであやかし橋へと向かっていた。

 そして橋の前まで来ると、真司は想像以上の妖怪の数に圧倒したのだった。


「……わぁ」

「ふふふ、驚きましたか?」

「は、はい! こんなにも、妖怪がいたんですね」

「そうですね。それに、今日の為にわざわざ地方から戻って来た方々もいるんですよ」

「へぇ~」


 真司が頷くと、白雪は笑みを浮かべ「さぁ、私達も行きましょう」と、真司に言った。

 白雪は一番最前列へと歩いて行く。さも当たり前のように歩みを進める白雪達に真司は一番前に行くことに内心驚いていた。

 妖怪の目線が気になり俯き気味で白雪達の後を追う。

 

(前髪が長くてよかった……)


 菖蒲が『もう前髪を伸ばす必要はない』と言っていたけれど、真司は中々前髪を切ることができないでいた。

 躊躇っていたのだ。それはまだまだ自分に自信が無いのもあるが、まだ心から妖怪たちを信じていないという理由もあるかもしれない。

 真司は、ふと思う。この前髪を切る日が本当にくるのだろうかと。

 それはいつになるかわからない。もしかしたら、三年後や五年後かもしれない。

 それでも真司は思った。


(いつか、この前髪を切ることができたらいいな……)


 そんなことを思っているとあっという間に最前列へと辿り着いた。

 最前列には、いつもと雰囲気が違う菖蒲が先頭に立っている。


「菖蒲様」


 白雪が一声かけると菖蒲振り返り微笑んだ。


「おぉ。来たのぉ、待っておったぞ」


 真司は、菖蒲のいつもと違う雰囲気とその姿につい見惚れてしまっていた。

 今日はそれだけ特別な日だからだろう。

 菖蒲は光沢・地模様の入った生地、そして黒色地に黄緑・赤・紫・白色・カラシ色の縞とレトロな大輪菊模様の着物を着ている。帯は、黒・黄色・赤・紫・ゴールド色の波模様にラメ糸を使用し、花流結びでとても煌びやかだった。

 髪は編み込みを使用し珍しく一つに結い纏められている。


「む? 真司、どうした?ぼーっとしおって」


 菖蒲に名前を呼ばれ、真司はハッと我に返る。


「い、いえ!! あの……い、いつもと雰囲気が違うので……」


 真司は動揺を隠す為か長い前髪を少し弄りながら言った。

 菖蒲は袖口を口元に当てクスクスと笑う。


「そんなに変わってるかえ? ふふふっ。さて、と。ほな、百鬼夜行を始めるとしようかの」


 その言葉に続き後ろにいた妖怪達は「おー!」と、声を上げ拳を高々に上げる。真司は、これから夢物語みたいな百鬼夜行が始まると思うと自然と鳥肌が立ち、自分までもがワクワクしていた。

 そして菖蒲が橋を渡ると、それに続いて真司や後ろにいる大勢の妖怪達は前進したのだった。

 

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