第7話
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二人は妖怪の世界と人間の世界を繋ぐ橋『あかしや橋』に来た。
いや、今いる場所は妖怪の世界なので〝あやかし橋〟が正解だ。菖蒲は含みのある笑みを真司に向ける。
「さぁ、これから高槻市に行くえ」
「え? これからですか? 菖蒲さん、車とか持ってるんですか……? もしかして、電車ですか?」
「残念ながら、二つとも外れやのぉ」
「え? なら——」
どうやって行くのかと菖蒲に聞こうとする前に、菖蒲は真司の手を突然握り橋を渡り始めた。
「えっ?! 菖蒲さん?!」
引っ張られるように橋に一歩踏み出す真司。
橋を渡るといつもの如くスーッと鳥居が現れる。真司と菖蒲は鳥居をくぐると景色は元のあかしや橋——ではなく、全く知らない場所に出たのだった。
しかも、どうやら今いる場所は建物と建物の隙間で、人一人分通れる狭さの所にいた。
「えぇ?! こ、ここ何処ですか?! というか……一気に狭く……うぅ、狭いです!」
「ふふっ。出ればわかるよ。さぁ……」
菖蒲は真司を手の引っ張り、狭い隙間から外に出る。真司は、挟まれていた解放感から「ほぅ」と、小さく息を吐き辺りを見回した。
菖蒲のお店のような瓦屋根に古い木造の建物に真司は身に覚えがあった。
「……あれ? ここって、もしかして……」
「うむ。高槻市じゃ」
「ええええええっ?!?!」
真司は大きな声を出して驚いた。
真司がいた堺市から高槻市に行くまで電車で2時間掛かるはずなのに、あやかし橋を渡った瞬間、ものの一・二分で高槻市に来たのだ。
それは有り得ないことだけれど、こうやって有り得てしまっていた。現代で言うと『ワープ』をしてしまったのだ。
真司はあまりの衝撃的事実に思考が追いつかず、呆然と立ち尽くしていた。
真司はぎこちない動きで菖蒲を見る。
「だっ、だって……さっ、さっきまで、僕達あやかし商店街にいましたよね?!」
「うむ。これはのぉ——」
菖蒲がそれについて話そうとしたとき「あ、おったおった。菖蒲様~ぁ!それと、おーい、人間~!」と、勇が真司達の名前を呼ぶ声が聞こえた。
真司と菖蒲は声がする方を見る。すると、少し離れた所から勇が手を振っていた。
勇は四つん這いになり真司達のところに駆け寄る。そんな勇を菖蒲は呆れ果てたような顔で溜め息を吐いていた。
「勇か。全く……ここは、人間の世界ぞ? もう少し声を落とさんか……最初は警戒しておったくせに、直ぐに元に戻りおって……はぁ」
「あはは……そうですね」
菖蒲は呆れ、真司は苦笑する。
「あの、菖蒲さん。さっき、言いかけたことですけど……」
「む? それは、帰ってから話そうぞ。今は、勇が優先じゃ!」
グッと拳を握りやる気満々の菖蒲に、真司は菖蒲の言いかけていた言葉が気になりモヤモヤしていた。
(途中まで言われると気になるなぁ……うぅ……)
そんなことを思っていると、勇が菖蒲達の前まで来た。
菖蒲と真司、そして勇は例の公園へと向かう。勇は話しやすいように菖蒲に抱きかかえられていた。
「それで、今日は何をなさるんですか?」
「うむ。会えぬのなら、飼い主に執り合ってみようかと思っての」
「飼い主ですか?」
菖蒲はコクリと頷くとベンチに腰を下ろし、勇を膝の上に乗せた。
真司はわからないまま、自分もベンチに腰を下ろす。すると菖蒲が、公園の中央に建っている時計を見上げた。
「そろそろじゃの」
「「???」」
勇と真司は、これから何が起きるのか全くわからずお互いに首を傾げる。カチッと時計塔の針が動いた。
時刻はお昼の13時を指していた。
すると、目の前に六歳ぐらいの小さな女の子がスクールバッグを持って走りながら前を通り過ぎて行った。
菖蒲は、その女の子に向かって小さく「ふぅー」と、息を吹き掛ける。その瞬間、どこからともなく風が吹き付け女の子は何も無い所で転けてしまった。
真司は菖蒲の不思議な力を、初めて目の当たりにし唖然となる。
「う、うぅっ……ぐず……痛いよぉ……」
転けて傷ができてしまったのか、女の子はその場で座り込み右膝を押さえて目に涙を溜めていた。
菖蒲は、ベンチから立ち上がると女の子の方へと歩み寄る。勇も真司も菖蒲の後に着いて行く。
「これ。
「でもっ……痛いんやもんっ……うえぇぇん!」
「ふむ。仕方あらへんのぉ。どれ……」
菖蒲は、また、息を吹き掛ける。今度は何も無いところでではなく、女の子が怪我をした足にだ。
女の子と真司は、その不思議な光景に言葉を失っていた。
それはなぜか――それは、菖蒲が息を吹き掛けた瞬間、傷はみるみる消えていったからだ。
「わぁ~!」
「…………」
(す、すごい……これが、菖蒲さんの力……)
「みゃおん」
勇は女の子の傍に行き、涙を溜めていた女の子の目をペロっと舐める。
「猫さん?」
女の子は不思議な光景を目にしたことと、猫が自分の涙を拭ってくれたことが嬉しいのか、痛みを忘れクスクスと笑っていた。
すると女の子が菖蒲に「あのね」と、話し出した。
「あのね、美希のところにもね、猫がおるんよ」
「うむ、知っておるぞ。黒猫じゃろ? ふふふっ」
美希は、菖蒲が猫を飼っているということを知っていたことに驚く。
「なんで知ってるん?!」
しかし、菖蒲は人差し指を唇に当て、ウインクしながら「ふふっ、それは秘密じゃ♪」と、言った。
美希は「えー……」と、残念そうに呟く。
「と言いたい所じゃが、特別に教えようぞ?」
「ほんま?!」
菖蒲が教えてくれると知り、美希の目がキラキラと輝いた。
「実は、この猫が教えてくれとるんえ。どうやらお前さんの猫に会いたいそうなのじゃ」
「そうなん?」
勇は「そうです」と、言うように一鳴きする。
「にゃー」
すると美希は、嬉しそうな表情をし慣れた手つきで勇を抱っこした。
「じゃぁ、今からお家においでよ猫さん! 会わせてあげる!」
「行ってもいいの? 突然の訪問で、ご両親もビックリするんじゃ……」
知らない人を家に上がられると美希の両親も心配するだろう。何よりも、もしかしたら美希が怒られるかもしれない。知らない人を連れて来ちゃダメだと。
真司がそのことについて心配していると、美希はニコリと笑った。
「全然大丈夫やよ♪ だって、お姉ちゃんたちは、美希の怪我を治してくれたもん!」
「うむ……そうか、ほな、お言葉に甘えて行くかの」
「にゃー!」
真司は楽しそうにしている菖蒲と、やっと会えることに浮き足立っている勇を見て、内心は心配だった。
(ホントに、大丈夫かなぁ……?)
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