第5話

 白雪も昔のことを思い出すように目を閉じ、当時のことを少しだけ真司に話す。それはまるで、子供に絵本を読み聞かせるように語りだしたのだった。


「故郷を離れ色んなことを知った私は、少しだけ、寂しい気持ちになっていたんです。でも、故郷を出た私は……もう、里に戻る資格はありませんでした。元々、私は変わり者で里でも一人だったので、帰っても意味が無くて同じなんですけどね」


 そう言うと白雪は目を開け自傷気味に笑った。

 白雪は炎の揺らめきをジッと見ながら話を続ける。


「そんな時、菖蒲様が雪芽の本体を私に下さったんです。そして、私にこう言いました『これを大事にし、大切にし、見つめなさい』と。私は、何が何だかわからなかったんですが、菖蒲様の言う通りにしました。何年も何十年も……」


 真司は白雪の話に耳を傾け、白雪の話を聞き続ける。白雪は、ふと顔を上げると真司と目を合した。


「すると、ある冬の晩に雪芽の本体が薄らと光り始めたんです。まるで、雪女が誕生した時みたいに、人の形をしたモノが現れたんです。正確には〝生まれた〟なんですけどね、ふふっ」

「それが……お雪ちゃんなんですか?」


 真司が白雪に聞くと、白雪は「はい」と、返事をしながら微笑んだ。

 菖蒲がお雪の生まれについて真司に話す。


「前にも言うたかもしれんが、妖怪に何年もの間大切にされた物は、そこそこ力のある妖怪に生まれるのじゃ。まぁ、それ以前に、お雪は強い想いから作られているから、いつかは付喪神以上の力を持って生まれると思っていたがな」

「なんだか、深い話しですね」

「人間にしたらそうかもしれぬが、私らにとっちゃ、一年も二年も、それこそ十年も最近の事のように感じる。故に、深い話かはようわからんがの」


 そう言いながら菖蒲は苦笑した。

 真司は菖蒲が『白雪はお雪にとって親のようであり姉のようでもある存在』と言っていた言葉をようやく理解した。


「白雪さんが、お雪ちゃんの名付け親だっていうのも納得しました」

「ふふ、何だか恥ずかしいわ」


 頬に手を当て静かに笑う白雪に、真司はまた疑問が浮かんだ。


「あれ? でも、雪女ってどうやって生まれるんですか? 繁栄ってことは、人みたいに誰かと結婚をして……?」


 真司が菖蒲達に質問すると菖蒲が首を横に振った。


「いいや。雪女は雪の妖怪じゃが雪の精霊でもあるのじゃ。雪の国に咲く雪華せつかという花から生まれるのじゃ」

「雪華は冬将軍の愛しているお華でもあるんです。だから、私達は冬将軍の娘でもあります」


 菖蒲と白雪の言葉に真司が驚きの声を上げる。


「え?! 冬将軍ですか!?」

「ふふふ、驚いているのぉ」


 菖蒲が袖口を口元に当て静かに笑った。


「そりゃぁ、驚きますよ! だって、冬将軍って、厳しい冬の様子を擬人化させたものですよ?! まさか、妖怪だとは思ってなかったですし……」

「それもまた、人の手で生まれたということやの」

「人の手、ですか? なんか……想像がつかないぐらい不思議です」

「なにがー??」


 白雪の隣でひたすら食べていたお雪は、もうお腹いっぱいなのか白雪に甘えながら真司に尋ねる。

 真司はそんなお雪になにがなにが不思議なのかを話した。


「えっと、妖怪の生まれについての話しをしててね、人の手で妖怪が生まれるのが全然想像つかなくて不思議だなって」


 真司はお雪に話すと菖蒲達に向き直る。


「でも……何だかそうなると、大抵の妖怪は人の手で生まれたってことになりそうですね」

「うむ。そうじゃぞ?」

「……え?」


 菖蒲の言葉に真司はポカンとした顔になる。


「神も妖怪もその半分は人の手と想いで生まれとる。そして、形となった妖怪は、そこからまた、新しい者を生み出す。雪女みたいな妖怪をな」

「そう、なんですか? ……妖怪の世界って、人間と違い奥が深いんです」

「そうですね……人は、そう思うかもしれませんね」


 白雪が真司に向かって優しく微笑むと、お雪の小さな頭に手を置きゆっくりと髪を梳くように撫でた。

 菖蒲は「それが、我らのことわりということじゃよ」と、真司と目を合わせながら言った。

 真司は妖怪の生まれ方について知り、住んでいる世界が全然違うことを改めて実感する。


(理、かぁ……)


 すっかり暗くなった空を部屋の中から見る。外は風が吹いていて、引き窓がカタカタと微かに鳴っていた。

 真司は今まで関わろうとしなかったモノ達の存在を、この商店街に来て、妖怪の生まれを聞いて、ほんの少しだけその世界の違いに興味が出てきたのだった。


 そして、冬の訪れと共に、真司の心もまた変化し始めていた。

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