30 愛は痛みである。

 愛は痛みである。


 幽霊(ホロウ)たちの遊び その一 おにごっこ……。


 ……ねえ、僕たちと、おにごっこしようよ。もちろん、おには君だよ。そう言って、ロストチャイルドたちはにっこりと赤い口を歪ませて、けけけっと、楽しそうに笑った。


「なるほど。それで、かげろうくんは急にあなたの前からいなくなったのね。よぞらくん」

「……はい。そうです。ひまわり先生」

 三日月よぞらは浮雲ひまわり先生にそう質問されて、素直にそう言った。

 二人は今、女王の間、と呼ばれる幽霊の学校の最上階(十三階)にいる。本来このエリアに幽霊(ホロウ)たちは立ち入ることを禁止されている。

 では、どうしてよぞらがこの場所にいるのかというと、よぞらがひまわりの選んだ、『幽霊(ホロウ)たちの行動を内側から監視している、嘘つきの狼(ひまわりのスパイ)』だったからだ。


「なるほど。わかりました。相変わらず、あなたはとても素直ですね。よぞらくん」

 にっこりと笑ってひまわりは言う。

「……ありがとうございます。ひまわり先生」下を向いて、小さく笑いながら、よぞらは言う。

 ひまわりはよぞらが撮ってきたカメラの写真を一枚一枚、大きな白いスクリーンに映しながら、そこに写されている写真を見て、外の様子を観察していく。


 女王の間の窓は開いている。

 そこから、冷たい風が、二人のいる部屋の中に吹き込んでいる。


 浮雲ひまわりは、その顔にいつものように薄いヴェールをかけていない。その代わりひまわりは今、『その顔に新しい仮面をつけていた』。

 中世の貴族たちが仮面舞踏会に参加するときにつけるような、派手な飾りのついた白い仮面をひまわりはその顔につけている。

 それだけではない。

 女王の間の壁には無数の仮面がある。

 数百種類の無数のあらゆることなった仮面がある。『この仮面の数だけ、浮雲ひまわりという名前の人間が、この世界には存在している』。

 浮雲ひまわりは『多重人格者』だった。

 ひまわりの中には、数百人のひまわりたちがいる。それは結構有名な話で、浮雲ひまわりという天才のことを知っている人ならば、ほとんどの人が、そのことを知っている。ひまわりは自分が多重人格者であることを、とくに外部の人たちに秘密にしているわけではなかった。

 ただ、『秘密にしていることもあった』。

 みんなには内緒にしていることがあった。


 それは人格の数だ。

 ひまわりは、周囲の人間たちに自分の人格の数を数百人だと言っていた。でも、それはひまわりたちの嘘だった。

 ひまわりの中には、もっともっとたくさんのひまわりたちがいた。

 その数は、実は数千万。あるいは数億と言った数にもなった。

 それはつまり、もう一個の国。あるいは一つの共通の記憶(神話)を持った共同体と言ってもいいほどの、数だった。

 しかもその数はひまわりが生まれたときからずっと、彼女の内側の世界の中で増え続けていた。 

 このまま行くと、もしかしたら、この世界に存在する人類の数(百億)をひまわりたちの数が超えることもありえるとひまわりたちは推測していた。

 つまり、浮雲ひまわりとは、その命一つがすでに人類に匹敵する、もう一つの『まったく新しい生命体』だった。(それをひまわりたちは『進化』と呼んでいた)


「よぞらくん。こっちに来なさい」ひまわりは言った。

「はい。わかりました。ひまわり先生」よぞらは言う。

 よぞらはひまわりに言われた通りに行動をする。幽霊(ホロウ)たちにとって、ひまわりの言葉は、神様の言葉と同じだった。よぞらはひまわりの座っている椅子の前まで移動をする。

 それからひまわりはそっと、『その顔についている仮面をとった』。

 ひまわりは仮面をとって素顔になった。

 そこにはとても美しい人形のような白い顔と、麦のような金色の長い髪と、それから闇の中で強く光り輝く、緑色の(エメラルドのような)二つの色をした瞳があった。

「……私の可愛いよぞら。こっちにいらっしゃい」妖艶な声でひまわりは言う。

「……はい」

 その声に魅了され、誘われるようにして、三日月よぞらは、浮雲ひまわりの大きな美しい胸の中にその顔を埋めた。(……ひまわりの胸の中で、……お母さん。とよぞらはそう、『心』の中でつぶやいた)

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