第40話~人波の先と提案


 「やば……ほっぺたが蕩けそう。口に入れたと思ったら豚肉がほろろっていなくなっちゃうくらいに柔らかい……しかも肉汁と間の野菜がマッチしてこれは」

 「ちょ、純。一回落ち着けって」


 井森イチオシのたこ焼きを頬張った後、まだ太陽が真上に昇る前だが「先にご飯を済ませちゃおう」という事で、純が待望していた串カツ屋に来ていた。……のは良いが、串カツを口に入れた純が予想以上の美味しさに感動して食レポが怒涛の勢いで語られていた。

 本人からは聞いていないが、冬馬的に純の進路はグルメリポーターや料理人などの食に携わる職業が向いているのではないかと思う。


 「しかもそれ最後の一本だし」

 「あぁ……本当だ。冬馬一本ちょうだい?」

 「ないよ。ってか俺らもう何時から食べ終わってるよ」


 結構安めな串カツ食べ放題の店だが本場ともあって十分に美味しく、冬馬や他のメンバーのようなあくまで一般人の客にとってはお腹もいっぱいで大満足だが、食べ物魔人の純はまだ食べ足りないらしく「もっと食べたかったなぁ」と理解が出来ない事を言っていた。

 会計を済ませてお店をあとにする。外に出ると肉の香ばしい匂いが充満していた店内と違って、また一風変わった新鮮な匂いが冬馬の鼻を掠めた。


 「てか、人多くね?」

 「本当だね。さっき店に入る前より増えてる」


 確かに修学旅行シーズンとも言える今の季節の天下の台所は混んでて当たり前かもしれないが、これはずっとお互いの手を握っていないとはぐれてしまうくらいに人で溢れかえっている。

 だからといって野郎たちと手をつなぐなんてごめんだが、近くにいる事は心掛けないといけない。


 「あ、みんな見てみて。あっちにお好み焼き屋さんあるよ」

 「え、どこ?」


 人混みの向こうを差した純の言葉にメンバーたちが次々と顔を乗り出す。


 「まだ食べるのか……ってそっち行ったらやばいって!」


 慌てて冬馬もグループの輪の中から外れないように追いかける。


 (ま……待って)


 必死に人を掻き分けて横切ろうとするもその努力は虚しく、溢れるように押し寄せる圧倒的な人波にすぐさま飲みこまれてしまった。


 「ここどこ……」


 ようやく人波から抜け出せたと思い周りを見回してみると、近くには巨大なタワーがあって、その周辺も観光客や修学旅行生などで溢れかえっていた。


 (結局逸れるの俺かよ……)


 恐らくあの中で逸れないようにしなければならないと心意気を決めていたのは冬馬だけだろう。だがそれも虚しく注意していた者が輪から外れる事になるなんて皮肉すぎる。

 これからどうしようかと思考を巡らせる。不幸な事に思ったよりも人が多すぎて結構な距離を流されてしまった。しかも身動きが取れない移動のせいで疲労が溜まってしまったので、どこか休めそうな場所に腰を下ろして考えたい……と見渡していると、向こう側の木製ベンチに座っている見覚えがある影が視界に入った。


 (……花園?)


 もしかしたら違うかもしれない。と意識して眉を細めていると、うっかり視線の先の影と目が合ってしまい、その影ははにかんだ様子でこちらに向けて手を振ってきた。


 (花園だ……)


 花園が座っているベンチへと歩く。人が疎らな道を通ってベンチに着くと、「ここ座りなよ」という花園の言葉に甘えて腰を下ろした。


 「水城一人で何してるの?」

 「いやぁ……はぐれちゃったんだよね」

 

 冬馬の言葉を聞いた花園は「クスッ」と口元を抑えて笑い始めた。


 「こ、これは純が」

 「まあ人も多いし、しょうがないとしか言いようがないよね……ふふっ」


 一見励ましているように見えるが、笑いに耐えれていない様子からして完全に冬馬の事を馬鹿にしている。まあ逸れたのは故意じゃないにしろ、一人では心細いこの状況に顔見知りの人がここにいてくれて正直助かった。


 「花園はなんでここに?」

 「綾乃たちがあの店にアクセサリーとか見に行ったからここで待ってるんだ」

 「アクセサリーって、花園も一緒に見なくていいの?」

 「うん、私あんまり人混み得意じゃないし、疲れたから休憩ってのもある」


 自分も数分前に人混みのせいで大変な目に遭ったので、花園の言いたいことは何となくわかる気がする。


 「あのさ水城……」

 「ん、どうした?」

 「せっかくだからちょっと二人で抜け出しちゃおっか」

 「え……」

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