第39話~朝とグルメの兆し

 瞼の裏が明るみを帯びている。布団に埋もれていた体を起こした冬馬はベッドから体を起こすと、閉まりきっていたカーテンを広げた。


 「……眩し」


 外の世界から飛び込んできた白光から守るように、両目を腕で覆い隠す。

 どうやら、澄み切った青い空の状況からして、修学旅行二日目は快晴の下で行動が出来そうだ。

 それから大きく欠伸をして、縮こまっていた体全体を羽を広げるように伸ばすと、まだ鼾をかいて眠りについている純のベッドに向かった。


 「純、起きて。あと十分くらいしたら朝食会場に行かないと」

 「ん……てぃら……みす……ぅ?」

 「何言ってんの」


 幸せな表情でスイーツの名前を微かに呟いたが、まさか夢の中でも食事をしているのだろうか。

 そういえば、昨日この部屋で行われたBチームの打ち上げ会で、「明後日の自主研修はどういったルートにするか」という議題について純が「抹茶巡りをしましょう。もうね、一回だけ子供の時に食べたことあるんだけど、質からしていつも食べている抹茶のお菓子と違って、京の町の抹茶スイーツは何もかもが絶品なんですよ」などとおかしな口調で熱弁していた。

 まあ、純の抹茶についての話を聞いていて、自分も一度は極上の抹茶スイーツを食べてみたいと食欲をそそられたが、今日の予定は天下の台所という名称で親しまれるグルメの町を訪れ、午前から三時ころまでは自主研修、夕方からはサンセットクルーズとなっている。

 修学旅行に来る前に日ごとのスケジュールを説明された時は、生徒でサンセットクルーズなんて随分と優雅な案を考えたものだなと先生に感心していたが、今日の天候にも恵まれてより一層と期待が高まった。


 「ほら純、用意して」

 「ん……たこ焼……き……って、冬馬おはよう」


 わざとやっているのかと思うくらい食べ物の名前が出てくる純の寝言にツッコミを入れたくなるが、純も起きてくれたので手早く簡単に身支度を済ませて朝食会場へと向かう事にした。


 およそ三十分くらいバスに揺られていると、派手な色の看板がたくさん並ぶ繁華街へと到着した。

 純を起こしてバスから降車する。すると、天下の台所特有ともいえる香ばしいグルメの匂いが風に乗って冬馬の鼻孔を刺激した。


 「冬馬、僕もうお腹空いてきちゃった」

 「いや朝ご飯散々食べてたでしょ」


 今朝、寝起きの純を連れて朝食会場へと向かい、Bチームの面々と合流して席に着くと、ビュッフェ形式という事で個人が好きな料理を取りに行くことになっていた。

 事前に先生方からは「今日は朝から結構歩いたり食べたりするので、あまり食べすぎると後々大変な事になります」と半分脅しのように注意を受けていたのだが、天然な純は自分の食欲の赴くままに、あれやこれやと料理をお腹の中に入れてしまい、しまいには移動のバスではお腹いっぱいになって乗車直後から爆睡をしていた。


 「でもさ、やっぱりたこ焼きと串カツは外せないよね。やっぱ食い倒れの町なんだからぶっ倒れる覚悟で食べなきゃね」

 「……修学旅行ずっと食べっぱなしじゃない?」


 そんな冬馬の一言も空しく、「食べてなんぼだよ」と純に一括されると、他のクラスの生徒たちもバスから降りて全員揃ったらしく、先生方による点呼と事前注意タイムが始まった。

 それが終わればいくつかのグループによる自主研修という名の観光が始まる。明日の京の町の自主研修もだが、冬馬はBチームのメンバーと行動することになっているので、気を使わないで楽しむことが出来る。


 「水城、おはよう」

 「ん? 花園、おはよう」


 偶然立ち位置が隣になった花園に挨拶を返す。

 思えばこの旅行中に彼女と会話を交えたのは初めてかもしれない。しかし、学校祭で花園に助けられてからというもの、学校で見かけるたびに「おはよう」とか「またね」と挨拶を交わせるくらいにはなった。

 ……結局、悩んでいたモヤモヤの答えには辿り着いてはいない。あれから少々考える事はあったが、このままあの物語の貧民のように片思いを続けて高校生活を終えるか、一切花園と関わらないようにして再びこの恋に鍵をかける。という二つの選択肢しか、冬馬の狭い思考の中では生み出すことが出来なかった。

 

 (でも甘えに妥協しちゃうのが現状なんだよなぁ……)


 いくら関わらないようにしようにも、花園が声を掛けてくれることに甘えてしまうのがオチで、勝手に心が花園の声に反応してしまう。


 「……どうしたの? 体調悪いの?」

 「い、いや大丈夫」


 冬馬の心の内が花園にばれないように咄嗟に否定する。あまり別の事に集中してしまうと花園に変に心配されてしまうので、今は深く考え事をしない方がよさそうだ。

 

 「そっか、てか水城たち今日どこに行く予定なの?」

 「んー無難っていうか、純が串カツも食べたいって言ってたから通天閣付近に行く予定」


 いわゆる二度付け禁止……の通天閣付近の名物だ。そういえば今朝の朝食会場で井森が豆知識披露をしていたが、串カツのソースが何故二度付け禁止かというと、それは衛生面の理由でお客さん同士が共用する為に出来たルールらしい。


 「何時くらい?」

 「何時……って、十一時くらいからずっと通天閣付近ぶらぶらする予定だけど……どうしたの?」

 「いや、ただ気になっただけ」


 何で時間なんか聞いたんだろうか、と疑問が頭の中に浮かんだが、どうやら何も聞いてなかった先生方の注意タイムが終わったらしく、生徒たちが移動し始めて自主研修スタートの合図が出された。


 「それじゃあね!」

 「お……おう」


 そういって花園は、いつものメンバーの元に小走りで向かって行った。それと入れ替わりになるように純がグループのメンバーを連れてきた。


 「冬馬、僕たちも行こうか」

 「うん、そうだね」

 「えっと、まずはたこ焼きでしょ」


 純が今にでも食材に齧り付きたそうな表情で笑みを溢した。それにつられた他のメンバーもさまざまな種類のソースの名前を口々に言いだすと、何やら誇らしげな笑みを浮かべた井森がポケットから携帯を取り出して言った。


 「それなら俺、昨日の夜中に調べためっちゃ美味しいって評判のたこ焼き専門店知ってるんだよね。通天閣の近くなんだけど……行く?」

 「行く!」


 純が元気いっぱいの声で返事をする。ついさっき花園に十一時くらいからと言ってしまったが、滞在する時間が伸びただけなのであらがち嘘の情報ではないだろう。

 冬馬たちのグループは井森を道案内担当にして、さっそく目的地に向かった。

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