第17話~目線の先には

 「あ、水城君! もしかしてバスケの応援に来たの?」

 「あ……笹森君。うん、ちょっとだけ見に来た」


 笹森君……というのは、冬馬の記憶が正しければ花園と仲の良かった望月の意中の相手で、運動神経抜群・容姿完璧・勉学優秀という目も眩むような三拍子が揃った、冬馬とは正反対の花園ポジションに君臨している生徒の一人である。

 それに加えて優しい性格を持つ彼は、「青葉のジェントル」という異名を持つという噂を耳にしたことがあるが、冬馬は彼とクラスメイトになってから一度も話したことがなかった。


 「……何で俺の名前知ってるの?」

 「何でって……そりゃあクラスメイトだし。てか俺見に来たのは良いけど一人なんだよね。良かったら一緒に見ない?」

 「あ、ああ。全然良いよ」


 よく初対面も同然の人間にそんなに愛想よく話せるなと感心しながら、冬馬は笹森に連れて行かれる形で、ギャラリーの二人分空いている席に腰を掛けた。

 それにしてもクラスメイトからの人気が高いのに、こんな場所で一人でいるなんてどうしたのだろうか。花園は「綾乃と一緒のチームなんだよ」とか言っていたような気がするが、望月の応援にでも来たのだろうか。


 「そういえばさっきの準々決勝勝ったらしいね、水城君大活躍だったらしいじゃん!」

 「いやいや、皆が頑張ってくれただけだよ。あの、笹森君は試合どうだったの?」

 「俺は反対側の山だけど勝ったよ。お互いあと一回勝てば決勝戦で戦う事ができるね」


 決勝戦が同じクラスのAチーム対Bチーム。言われてみればとても面白い対決になりそうだが、冬馬たちは次の試合三年生のAチームと当たる事になるので、その前に決勝戦に行けるかどうかが問題だ。

 その後も「上手い選手は誰」とか「次に当たる三年生のAチームの選手で気を付けた方がいい選手」など笹森からアドバイス混じりの注意を貰っていると、体育館の中央付近から甲高いホイッスルの音色が響いた。どうやらもう試合が始まるらしい。


 「頑張れ皆ー!」


 隣に腰を掛けていた笹森が立ち上がり、フェンスに手をかけて声援を飛ばす。冬馬のクラスのチームを見てみると、花園と望月はスターティングメンバーで出場していて、仲良くハイタッチをして士気を高めているのが見えた。

 審判のジャンプボールで試合が始まる。ジャンプボールに競り勝った冬馬のクラスは、練習の成果とでも言えるくらい息の合った細かいパスで攻め上がり、あっという間に点数を取ってしまった。


 「水城君! やっぱり花園さん上手いね!」

 「う……うん、そうだね」


 味方からボールを受けた相手の厳しいチェックをものともせず、素早いドリブルで軽快に相手をかわして行く。単独で二、三人抜いた後に見せたのは綺麗なフォームのレイアップシュート。最後に冬馬の瞳に映ったのは、麗らかに靡く栗色の長い髪だった。


 「水城君、好きな人いる?」

 「え……?」


 好きな人……中学時代に一人好きな人がいたが、その頃から可愛いなと思う人がいても恋愛感情が芽生える事は無かった。

 笹森は何で自分なんかにそんなことを聞いたのだろう。スクールカースト底辺の人間の好きな人を聞いたところで特別何があるはずもないのに。


 「いないよ。てか考えたこともなかった」

 「へぇーそうなんだ、僕……望月さんの事が好きなんだ」

 「え……」

 

 望月綾乃……は冬馬の記憶が正しければ、この前の勉強合宿の時に肝試しを笹森と行ける事になって喜んでいたはずだ。ということは二人は両想いという事なのか。


 「この前の肝試しの時に告白されてね。真っ直ぐな気持ちをぶつけられて、その時は考えさせてって言ったんだけど、勉強合宿が終わってからずっと気になって自然と目で追ってたんだ」

 「目で追ってる……」

 「水城君も気がついたら目で追ってたっていう女子いない?」


 これまでの冬馬の学校生活を振り返ってみても、特にそんな女子はいない……はずだが、本当にいないのだろうか。もしかすると自分がその恋心に気づいていないだけで、実は好きな人がいる可能性もある。

 今まで恋という感情に向き合ってこなかったせいか、こんな複雑な気持ちになるなんて思ってもいなかった。というか自分の好きな人ってこんな簡単に他者に教えて良いものなのだろうか。


 「恋愛したことないから分かんないな……てか普通の人なら隠してる事、俺なんかに話しちゃっていいの?」

 「んー普通なら言わないけど、何でだろうね。水城君には話してもいいような気がしたんだ」

 

 それは遠回しに冬馬の友人網の狭さを侮辱しているという事だろうか。いや、そんなことをしたって何も面白くないし、性格が良い笹森がそんな感情を持ち合わせているとは考えにくい。

 

 「まあ、別に他の人に言わないし安心してよ」

 「うん……あっ、また点とった!」


 見ると、味方からパスを受けた花園が、先ほどと同じように相手をドリブルでかわして行きながら、綺麗なレイアップシュートを決めていた。もはや花園一人だけで勝てるのではないかと思うくらいの無双状態だ。

 気がついたら目で追ってる……いや、まさかそんなことはあり得ないだろう。スクールカースト頂点に君臨している美人と底辺のモブキャラ第一号。決して混じり合う事はないということは一目瞭然だ。

 冬馬はバスケの試合が終了するまで、笹森が言った言葉を心の中で何回も繰り返していた。

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