第13話~初夏と前兆

 六月の初めに差し掛かり、すっかりと春の冷たさが消えて、だんだんと厚着をしている人を見かけなくなってくると、冬馬は「もう夏か」と感じていた。

 冬馬は青葉駅のベンチに座って電車を待っていたが、外から流れ込んでくる温風が駅の中に籠って暑かったので、近くの自動販売機で炭酸の清涼飲料を買って喉を潤していた。

 冬馬にとって夏とは、自分の名前からとって対照的で好ましくないのか「憂鬱ゆううつ」以外の何物でもなかった。

 特に一番居づらいのが七月の中旬に開催される球技大会だ。簡潔に説明するならば、クラスのスクールカーストの真ん中から上位に位置している人気者たちが、女子からの声援を受けて目覚ましい活躍を遂げるというイベントだ。

 男子はサッカーとバスケットボール、女子はドッヂボールとバスケットボールの二種目ずつ存在していて、去年冬馬はサッカーに出場した。全学年全クラスの総当たり戦を行い、一クラスから二チーム出るのだが、もちろん冬馬はサブメンバーが集合するBチームで出場した。

 もともとスポーツは得意な方に入る冬馬は、開始十分足らずで三年生のチームに一点を決めのだが、試合中にこそっと近づいてきた有名で人気もある先輩に、「てめぇあんま調子こいてっと潰すぞ」と静かに耳打ちされたので、目立たないように控えめなプレーにシフトチェンジした結果、あっさりと逆転されて負けてしまったという思い出がある。

 あのときのチームメイトには申し訳なかったが、冬馬が望む静かな学校生活を守るためだ。今年は最初からできるだけ影を薄くして過ごそうと心に決めていた。


 「水城、今帰り?」

 「あ……花園」


 花園が冬馬の家にお礼と称して菓子包みを持ってきてくれた日、また話すことがあるのではないかと予感していたが、それはドンピシャに的中した。あの日から時たまに帰りの電車の時刻が重なって、純がいないときは一緒に帰っている時がある。

 こうして二人の時は一緒に喋ったりはするが、学校の中では一切話さない。というか目すらも合わせていない。

 

 「あれ、松田君は?」

 「今日は何か用事があるって言って早く帰っちゃった」

 「振られたのかー。ま、元気出せって」

 「いや振られてないし」


 何の用事かは聞いていないので分からないが、別に振られたわけじゃない。しかも恋愛対象は男子じゃないので誤解もしないで欲しい。

 

 「てかもう電車来てるよ? 行かないの?」

 「あ、気づかなかった。行く」


 電光掲示板を見てみると、発車の時刻が掲示されたタイムスケジュールの横に、もう改札をしているというマークが表示されていた。

 花園に引っ張られる感じで改札をくぐり抜けると、五分くらいたって電車が滑り込んできて一緒の車両に乗車した。後をついて行くと、丁度二人分くらい座れる椅子があったので、特に何もなく荷物を降ろして座った。


 「もう少しで球技大会だね、水城は何の種目に出るの?」

 「多分サッカーかな、花園は?」

 「私も多分だけどバスケ。私これでも結構上手なんだよ?」


 「これでも」というか如何にも運動ができそうな見た目をしているが、一々突っ込むのも面倒くさいので些細な反論は無かったことにした。

 

 「水城はどっちチーム?」

 「……Bかな。いや、確実にBだな」

 「もしかして運動苦手?」

 「いや……そういう訳じゃないんだけど……」

 「そーなんだ、応援しに行くから頑張ってね」


 花園が発した言葉に数秒思考が停止する。今なんて言ったんだ彼女は、まさか応援しに来てくれる? いやいやそんなことはない。何故なら去年なんて一年の男子たちから「香織様に応援されたいー」と言われていた花園様だ。

 

 「応援……しに来てくれるって?」

 「うん、当たり前じゃん! やるからには本気でやってね? ま、水城も私のところに見に来てね」

 「あ、あぁ。分かった」


 勢いに押されてついOKサインを出してしまったが、せっかく花園がサッカーを見に来てくれるんだ。冬馬も行かなければ不公平だし何か癪に障る。

 何で応援しに来てくれるのかは心当たりはないが、こんな風に言ってくれる人に出会ったのは久しぶりなので、試合では思う存分に活躍してやろう。冬馬はまだ二年生なので三年生の先輩たちとも対戦する事もあるが、声援を貰っている者同士ピッチの上に立つ以上は年の差は関係なしだ。

 それから最近の話や球技大会の話が続いたが、話題も尽きてきてしばらく電車に揺れていると、花園がうとうとしていることに気が付いた。

 花園が降りる駅は冬馬の一個後の駅なので急いで起こすこともない。と判断した冬馬は自分の駅が近づいてくるまで寝かせておいてあげることにして、ポケットに入れておいたイヤホンを耳にはめて、今一番聞いているHIPHOP系の音楽を聴くことにした。

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