第12話〜夜風と訪問客

 三駅ほど離れた目的の駅に到着し、電車から降りて人ごみに流されながら改札をくぐると、冬馬は出口近くの長椅子に見慣れた影を見つけた。


 「美月? こんな所で何してんの?」

 「あっ……お兄ちゃん、待ってた」


 ツインテールを揺らして振り向いたのは、冬馬の双子の妹の一人である美月みつきだ。美月は姉の美陽みはるの性格と比べて内気な方で、結構な恥ずかしがりやだ。

 家族と一緒にいる時でも口数は少ない方だが、冬馬の帰りが遅くなった時もリビングで待っていて「おかえり」と言ってくれたり、テスト勉強で部屋に籠っている時もコーヒーを淹れてくれたり、何かと気遣ってくれる優しくて自慢のできる妹だ。

 それにしても美月が駅で冬馬を待っていたことはこれまでにないので、何か家であったのだろうか。


 「どした美月、家でなんかあったの?」

 「お兄ちゃんの……彼女がお家にきた」

 「……は?」


 不意に突かれた言葉に冬馬の脳内がパニックになる。彼女が家に来たと言われても、これまでの人生で彼女ができたことはないし、そもそも純からも言われたが女子と話すことがない。

 いくつものクエスチョンマークが頭の上に昇る冬馬を無視して美月は続けた。


 「いま、お家にお兄ちゃんの彼女がきて、居づらかったからお兄ちゃん迎えに来た」

 「え……ん? 美陽は?」

 「お兄ちゃんの彼女に尋問してる」

 「んー、まじかー」


 名前の通り陽気な性格の美陽のことだから、好奇心の赴くままに冬馬の彼女を装った人物に問いただしているに違いない。

 これは大変な事になった。恋愛小説の構成がどうとかの次元ではなく現実リアルで意味の分からない事が起きてしまっている。

 心拍数がどんどんと早くなってきているのが明らかに分かる。一刻も早く家に帰らなければならない。


 「お兄ちゃん……彼女いるの?」

 「いねぇよ! それよりも早く家に帰らないと!」

 「……そっか」

 「何してんの走るぞ美月!」

 「……うん」


 ここ最近で一番のダッシュをして三分もしない内に家に着くと、玄関に知らないローファーが置いてあるのが目に映った。

 冬馬はリビングの扉の前に立って固唾をのみ、意を決して「ただいまー」と静かに扉を開けると、母と美陽と一緒になって食卓を囲んでいる女子がこちらに向かって言葉を発した。


 「あ……おじゃましてます」

 「なっ……花園!?」

 「あーーーっ! 兄ちゃん! 香織ちゃん家に来てるよ! こんなに綺麗な人が彼女だなんて……兄ちゃん中々やるねぇ」


 満面の笑みで話している美陽には悪いが、本当は付き合ってないし、話したり一緒にいたりすること自体が珍百景なのだ。

 冬馬は話の流れと、俯き気味になっている花園を見て、美陽と母さんの勢いに押されてまだ誤解を解く事ができていないんだろう、と察した。

 

 「二人とも落ち着いて、俺と花園は付き合ってないよ?」

 「え……だって冬馬うちに女の子連れてきたことないじゃない」

 「いやまあ……そうだけど」


 ここでちらっと花園を見ると、何とも気まずそうに箸を止めていた。食事も途中で中途半端なので、ここで帰らせるのも申し訳ないような気がする。しかもわざわざ来てくれたのに、いきなり帰れは失礼すぎる。


 「花園、良かったらうちでご飯食べてって。後で送ってくよ、とりあえずシャワー浴びてくる」

 「あ……ありがとう」


 背中に隠れていた美月も花園の隣に座らせて、冬馬は着替えを持ってこの場から逃げるように風呂場へと向かった。


 (……花園さん、本当にうちのバカ三人が失礼しました。もう少しだけ喋っといてください)


 シャワーから噴き出る温水を頭に浴びながら、冬馬は静かに花園の無事を願った。

 だが何故学校内での接点が何もない自分の家なんかに来る必要があるんだろうか。勉強合宿でもただ勉強を教えただけだし、思い当たる節は今のところ何もない。

 そしてそんな人が家の中に連れ込まれてご飯を食べさせられる。しかも極めつけはその家がクラスで全く話さない底辺の男の家だ。

 良く考えると気まずい以上の何の感情でもないが、本当に申し訳ない事をしたと思う。冬馬は後で花園に謝っておこう、と心に留めてシャンプーを泡立てた。


 身体を洗い流してからリビングに戻ると、食事を終えた様子の花園と妹二人が、何やら賑やかに喋っていた。

 すでに最初の気まずさみたいなわだかまりが消えていて、こうして見てみると花園が長女の三姉妹に見えなくも……と変な想像を浮かべていると、花園がこちらを振り向いて「あ、あがったんだ」とはにかんだ。

 妹たちには仲良くなったところ悪いが、花園も帰る電車の時間があるだろう。あまり長居して貰って迷惑かけるのも嫌なので、そろそろ送っていかなければならない。


 「花園、もう準備できてる? 送っていくよ」

 「いや、やっぱり悪いよ。駅までだし一人で行けるよ」

 「……もう暗いし危ないから」


 ここから徒歩十分で着くとしても、その途中で何かあるか分からないのに、こんな夜道を女の子一人で歩かせるなんて絶対にできない。

 それに花園は学校のトップに君臨するような美人なので、一人で帰らせるなんて危なすぎてなおさらだ。

 冬馬の言葉に折れたのか、花園は「そっか、じゃあお言葉に甘えて」と荷物を持って立ち上がった。


 「香織姉ちゃん、また来てね?」

 「うん、また遊びに来るね! それじゃあお母さん、お料理とても美味しかったです! ありがとうございました!」


 見た目で判断するのは良くないかもしれないが、律義にも頭を下げてお礼している花園を見ると、チャラチャラした見た目でもしっかりしているんだなぁと感心した。


 「あらお母さんだなんて! 香織ちゃん、こんなので良かったらいつでも嫁に来なさいよ!」

 「こんなのって……じゃあ送ってくるね」

 「お邪魔しましたー!」


 三人を家に残して外に出ると、冷たい風が一斉に冬馬を襲った。しかもシャワーを浴びた後という事で、肌に当たる風が余計に冷たく感じる。

 隣を見てみると、花園も寒いと感じているらしく、両手をポケットの中に突っ込んで冬物のストールの中に顔を埋めていた。

 しかしながらまた花園と話すことになるなんて……。勉強合宿が終わった時は重なった疲労で帰宅する事だけに精一杯だった。そのために花園に勉強を教えたのも忘れかけていたが、お礼という事で丁寧に菓子折りまで貰ってしまった。(だが冬馬が帰宅した時には既に美陽によって食べられていた)

 丁寧にお礼はするし、おまけに菓子折りまでくれて、冬馬は案外花園は良い奴なのかもしれないなと少しだけ見直した。


 「急にお邪魔してごめんね」

 「いやいやこっちこそこんなに帰るの遅くさせちゃって本当にごめん!」

 「全然気にしてないし、すっごく楽しかった。またお邪魔していいかな?」

 「うん。美陽も美月も懐いてたみたいだしまた遊んでやってよ」


 シャワー上がりにリビングで感じた、初めて会ったとは思えない程の暖かい雰囲気。あの人見知りで内気な美月にさえ「また来てね」と言わせるなんて、よっぽど一緒に話したことが楽しかったのだろう。

 

 「あ……そういえば眼鏡どうしたの?」

 「かなり目が悪いっていうほどでもないんだ。いつもは黒板の字が見にくいから掛けて行ってるけど普段はこうだよ」

 「へぇー、断然こっちの方がいいのに! コンタクトにした方がモテるんじゃない?」

 「いや怖いから無理」


 あの指を目に近づけて瞳にタッチする感覚。想像しただけで背中に寒気が走る。それに底辺のオタク予備軍が少し身なりを変えた所で誰も見向きはしないだろう。

 恐らく純だけが「え、だれですか。おはよう冬馬」みたいな意味不明な会話をしてくれるかもしれない。


 「それに俺花園みたいに美人で人気がある訳でもないし、誰も気づかないでしょ」

 「え……」

 「ん、どうした?」

 「いや……なんでもない」


 何か気に障った事でも言ったかなと思って自分の言動を振り返るが、二周くらいしてもそういった部分は全然見つからなかった。

 そうこうしているうちにいつも冬馬が登下校で使っている駅に着いた。


 「それじゃあ気を付けてね。それと菓子折りありがとう」

 「こっちこそ、ご飯も貰っちゃったし。お母さんと妹さん達によろしくね、それじゃあね」


 そう言い残すと、花園は冬馬に手を振って急ぎ足で改札をくぐっていった。

 何ともまた夢のような時間だったと余韻に浸る。また花園と話すことがあるのだろうか。思ってもいなかったことが最近二回も起こっているので、関わる事がないとは言いきれない。

 冬馬は何も無いところから出てくる予感を頭の片隅にしまって、温かさを帯びてきた春の夜風を肌で感じながら、今来た道をもう一度歩き始めた。

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