令和な日々・プレストーリー編

第3話 【改訂版】平成31年4月3日(水)「新しいクラス」藤原みどり

　春休み中は新学期の準備で忙しい。

　この春から私は2年1組の副担任を務める。

　教師になって3度目の春。

　ようやくこの仕事に慣れてきたと思う。

　いまは昼休み中なので職員室にものんびりした空気が漂っている。

　このところ花冷えが続き、春らしい陽気にはほど遠い。

　それでも窓の外には満開となった桜が立ち並んでいる。

　今年度こそは担任になれると思っていた。

　大学時代の同期のほとんどが2年目か3年目に担任になっている。

　私も希望は出していたのに、校長からはもう1年副担任を務めるように頼まれた。

　他の先生との兼ね合いというものがある。

　校長先生には来年度は希望に添うようにすると請け負ってもらい、いまはそれを信じて頑張ろうと思う。

　私が副担任を務める2年1組の担任はベテランの小野田先生だ。

　年齢は50代で、痩せていて寡黙、小柄で縁なしのメガネが印象的な人だ。

　ちょっと近寄りがたい雰囲気があり、生徒たちから恐れられている。

　これまであまり話す機会がなかった。

　担当が決まった職員会議のあと、小野田先生に「いろいろ任せるから」と告げられた。

　この1年は半分くらい担任になったつもりでやればいいそうだ。

　そう言われて私は張り切って準備をしている。

　昼休み中ではあるが、新しく受け持つクラスの生徒の情報をひとりひとり再確認している。

　私は前年度は1年1組の副担任で、1年生の半分くらいのクラスで国語を教えていた。

　生徒の顔と名前はバッチリとは言い難いが、まあ大丈夫だろう。

　そこから先が教師の本領だが、それはおいおい……。

「もっとも注意を払う必要があるのは日野さんだよね……」

　1年の3学期に関西から転校してきた生徒だ。

　私が副担任をしていたクラスに編入されたのにほとんど会話を交わしたことがない。

　身体が弱いとかで3学期の半分以上を欠席したからだ。

　前の学校からも保護者からも体質的な問題で冬場は欠席が多いとは聞いていた。

　こんな状態ではクラスに馴染むことは難しい。

　実際に馴染めていたとは言えない。

　どうにかしたいと考えていたが、いつ登校できるか分からないので手をこまねいているうちに3学期は過ぎ去ってしまった。

　それだけ休んでいて心配だったのが学業の面である。

　春休み中に補習を予定していた。

　ところが、学年末テストの成績は学年トップクラスで、補習の必要性を感じなかった。

　結局、本人の希望もあり補習はキャンセルされた。

　主要5科目だけでなく副教科でも好成績を誇り、職員室の話題をさらったほどだった。

　日野さん以外にも目を向ける。

　男子は比較的まじめな生徒が多い。

　一方、女子は……。

「お昼休みなのに仕事熱心ね」と田村先生から声が掛かる。

　ふくよかな体つき、派手な服装。

　いかにも「おばちゃん」といった印象の教師だ。

「あ、済みません。すぐに準備します」

「いいよ、いいよ。慌てなくても。まだ休憩時間だしね」

　手のひらをこちらに向けて振りながら、田村先生が気さくに言った。

　そのおばちゃんっぽい仕草を見て、自分でもやりかねない動作だと戒める。

　田村先生は2年生の学年主任を務める。

　私と同じ国語教師で、前年度も同じ1年生の国語を担当し合った。

　年齢は小野田先生と同じくらいだが、印象は真逆でとても親しみやすい雰囲気を醸し出している。

　学年主任の仕事だけでなく、他校の教師との研修会など多種多様な活動をされている。

　とても多忙なので、テストの作成や授業の進度の調整などを任された。

　今年度もおそらく同じような分担になるだろう。

　その打ち合わせを午後から行う予定だった。

　昼休みが終わるまで少し間があり、生徒の資料を片付けながら私は田村先生に質問をした。

「小野田先生はどういう方なんですか？」

「そうね……、見た目はアレだけど、優秀な先生よ。まあ見た目はあたしもアレだけど」と田村先生は豪快に笑った。

　一緒に笑う訳にもいかず、私は神妙な顔で頷いた。

「教師にとって大切なことはいくつもあるのだけど」

　田村先生は急に真顔になって私を見つめる。

「観察力がね、彼女は優れているわ」

「観察力ですか」と私が聞き返すと、「そう。人を見るのは教師の重要な仕事よ」と話した。

　生徒たちをしっかり観察することは教師の基本中の基本だと言える。

　分かってはいても、忙しい中で十分にできているかは怪しいところだ。

「頑張ります」と小声で言うと、「頑張りなさい」と砕けた感じで田村先生は言った。

　こうしたメリハリの付け方が絶妙だ。

　参考にしようと心の中で思っていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。

「じゃあ始めましょうか」

「はい！」と私は気合を込めて返答する。

　お仕事の時間の始まりだ。

†††††　登場人物紹介　†††††

藤原みどり・・・国語教師。教師歴3年目に突入した。

小野田真由美・・・2年1組担任。理科担当。

田村恵子・・・国語教師。2年生の学年主任。教師の職場環境改善に取り組んでいる。