35話

「ば、ばんじゅつ、げんしぼうぎんっ」

 震えているが、ちゃんと大きな声だった。氷リザードはすでに口を開けている。

「おおおーっ!」

 野太い声に、トカゲの首が反応した。山小屋の親父が、闇雲に駆けよっていく。吐き出されたブレスが、横に流れる。

 熱さに反応するとすれば、気合を入れたおやじを無視することはできない、との読みは当たった。白い息に包まれ、おやじの体は動かなくなった。

「今だ!」

 小さな兵たちが、氷リザードに向かっていく。歩と銀、そして飛車が連携しながら左半身を集中攻撃する。

「召喚、飛車兵!」

 再び吐かれた白い息が、コキノレミスの駒たちを地面に叩きつけた。原始棒銀の守備力は弱い。攻めに参加していない駒たちも押し戻された。

 だが、その時にはすでに俺の飛車兵が目の前に迫っていた。

「詰みだ」

 飛車兵の振り下ろした剣が、氷リザードの顔面を砕いた。体が、崩れ落ちていく。

「よくやったぞ、コキノレミス!」

 返事はない。コキノレミスはうずくまり、嘔吐していた。緊張もあっただろうし、一度に多くの兵を動かすのも大変だっただろう。

「あ、動く」

「ん、おお」

 魔法が解けたようで、体が自由になっていた。山小屋の親父も嬉しそうにストレッチをしている。あんたは一瞬だったろう、と思わなくもないけど。

「大丈夫か、コキノレミス。少し休んでいよう」

「う、うん……だいじょうぶ」

 すべてが読み通り上手くいったが、今回の作戦は本当に綱渡りだった。コキノレミスが盤術を使える、そして平手の作戦をきちんと習得する、それまでに敵が現れない。それらの条件が整わないと、成功することはできなかった。

 それでも、何とかなるような気がしていた。何とかなることしか起こらない気がしていた。

「あと一段階深く読みたい。何が起こっているのか、何が起こるのか」

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