指導対局クエスト
清水らくは
契約
1話
ツテテテテテンッ
遠くから、聞いたことのない音が響いてくる。
軽くて、速い。モンスターだとしたら、新種だ。
「うわわああーっっっ」
これは、人の声だ。甲高い。
ただ、情けない声を出して駆け寄ってくる人がいるということは、その後ろには何かがいる。俺は、立ち上がり身構えた。
「どいてーーっ」
俺を見つけるなり、そんな一言。一気に駆け抜けていこうとする少年。というか、あっという間に駆け抜けた。
ゴヅンッ
そして当然のごとく、扉にぶつかる。痛みに顔をしかめた後、扉を押してみる少年だったが、開かない。まあ、当然だ。ダンジョン内には魔法のかかった扉がいくつもある。
「そこは詰将棋の扉だ。慌てずやれば大丈夫だ」
「つ、つめしょうぎ? なに?」
背も小さくて、腕も細い。こんな冒険者は見たことがない。
「将棋は?」
「きいたことはある」
「あー。久々になかなかのお客さんが来たな。しかしなあ、絶対に死ぬよなあ」
「い、いかなきゃなの」
聞き覚えのある音が。そうだ、この子が走ってきたのには、理由があるはずだ。
「とりあえずおとなしくしといて。戦えるなら手伝って。とどめは譲る」
「えっえっ」
「武器は?」
「あ、ある」
少年は、ナイフを取り出した。震える手で構える。
「まじか」
「えっ」
「何でそれでここまで来れたんだよ!」
ここはダンジョンの入り口に近い、比較的来やすい階層である。とはいえ、初心者は最初のモンスターを倒すのも大変だ。武器もまともに扱えないのは、ちょっと驚くしかない。
「えっえっ」
「まあいい。おとなしくしてろ」
最近は仕事依頼もなく、懐事情が悪い。せめて討伐ポイントは稼いどかなければ。
「キュキュー!」
「なっ」
角を曲がって現れたのは、猪型モンスター、カユメイラだ。突進力が強く、なめてかかると吹っ飛ばされる。が。
「ちっちゃ!」
手のひらサイズである。生まれたてだろうか。というか、生まれたてでももっと大きいと思ってた。
「うわーっ、うわーっ」
だが、少年はビビって泣きわめていてる。
「いやいや、魔法も使わんしね、これはね……」
突進してくるカユメイラ。蹴り上げて、落ちてきたところを捕まえる。
「お、おにいさんつよいっ」
「なんでやねん。まあ、キャッチアンドリリースということで」
モンスターでも小さくてかわいい……からではない。最近は審査が厳しくなって、討伐ポイント計算が四捨五入から小数点以下切り捨てに変わったのだ。こいつでは、倒しても1ポイントにもならない。
「また会おう!」
近くにある穴に、カユメイラを放り込む。下の階層につながっていて、ごみやモンスターの死骸を捨てるためのものである。カユメイラならば生命力が強いから、生き延びて這い上がってくることもあるだろう。
「す、すてたっ」
「大きくなってから倒したらポイントになる。ポイントでパンが買える。合理的だろ?」
「お、おにいさんもんすたーかんたんにつかまえてすごいっ」
「いやいや君、逆にそれでここまでこれたのがすごいよ。詰め将棋はできる?」
「つめしょうぎ……」
「それじゃあこの先進めないぞ。実はおにいさん指導棋士なんだが……君、お金は持ってる?」
「あ、あるっ」
少年は背中のリュックをおろし、ごそごそと何かを取り出した。
「これっ」
「お、おう。また珍しいものを」
手にしていたのは、棒銀だった。銀を棒状にしたもので、結構価値が高い。ただ、細かい支払いに向かないので、ダンジョンに持ってくるにはどうかと思う。
「お釣りはないぞ。それだと専属契約になっちゃうなぁ」
「せんぞくけいやくっ? ずっと?」
「あ、いやいや。君、多分すぐ行き詰まるよ? そのお金分指導することないと思うよ?」
「お、おとうさんをっ」
ついに、声が涙混じりになった。
「おとうさんをみつけないといけないからっ」
「……そうか。父さんがダンジョンにいるのか」
「ずっとかえってこないのっ。みつけないとっ、まにあわないのはやだっ」
「……わかった。契約してやるよ。ちょうど暇してたしな。超初心者にどこまで教えられるかも試してみたい」
「わっわっ、ありがとうっ」
少年は何度も頭を下げた。あれだ、保護欲をくすぐられるとは、多分こういうことなのだ。
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