第22話 マリーヌ参上

 秘湯のある建屋から外へと出て、鳥居をくぐったその先にそれはあった。

 高い山から下へ抜けて伸びる一本のトンネル。

 

 人ひとり入れる程の小さなトンネルの横には、小さな看板が立てかけてあった。

《秘湯最後の思い出作り、最高のアドベンチャー!

 マウンテンスライダー!!》

 

 そう、まさかの山を使った超巨大滑り台である。

 こんなもん作るくらいなら立派な道を設けてくれと叫びたくなるが、これはこれで私の心を擽るサプライズだった。

 

 辛い思いをしてようやくたどり着く秘湯。

 最高の温泉を満喫した後にまさかの滑り台による地上への帰還・・・

  

「やるわね、秘湯【朧】。

 帰り道への苦労を思わせておいてからの滑り台。

 ますますリピートしたくなったわ。

 ね、リリム。」

 

 そう言ってリリムのいた方へ振り向いたのだが、リリムの姿がなかった。

 

「セツナ様!おさきです!!」

 

 へ?

 声の方へ再び首を振ると、リリムが颯爽と滑り降りていく姿が目に映った。

 

「はやっ!!」

 

 まさかリリムに置いていかれるとは・・・。

 ずっとくっついていられる事を考えると、その方がいいけど。


 ったくはしゃいじゃって、あの子もまだまだ子供ね。

 

「お一人様1000ルクになりま〜す。」

 

 滑り台へ向かっていた私に、ひとりの女性が近づいてきた。

 スライダーの看板横にはよく見ると料金表が貼られている。


 お金はしっかり取るのね・・・。

 

 まぁ観光地だし、仕方ないか。

 でも1000ルクって、饅頭4つ分じゃない。


 ん?饅頭4つ分?

 

「先ほどのお客様の分と合わせて、2000ルク頂戴いたします。」

 

 あんのヤロォ!

 金がないからって私に押し付けて先に滑っただけか!?

 そりゃそうよね、饅頭買う金も残ってないって言ってたもんね!


 図られた!!

 

「はい・・・・・・。」

 

 私は渋々ながら2人分のお金を支払った。

 

「ありがとうございます。

 それでは、爽快なスライダーアドベンチャーへ行ってらっしゃいませ!!」

 

 マウンテンスライダーの入り口に腰を落としたが、内心ドキドキしている。

 お金が倍かかったとはいえ、こんな滑り台は生まれて初めてだ。

 

「いってきまぁぁぁぁす!」

 

 私は勢いよく飛び出した!

 まっすぐ穏やかに滑っていると、突然の急降下。

 それから右へ左へ曲がりくねって一気に滑り降りる。

 それでも山の上から下まで続いているであろう滑り台は終わらない。

 更に左へとヘアピンカーブを滑り降りると、急勾配のストレート。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

 

 私は叫びながら両手を上げて寝転び、更にスピードを上げる。

 急に訪れるカーブもトンネルによって外へとはじき出されることはない。

  

 中は暗くほとんど何も見えないが、それなまた得も言えぬ恐怖感とスリルを与えてくれて胸が高鳴る。

 

 めっちゃ気持ちイィ!!

 

 長く続いた滑り台は次第にその傾斜をを緩やかにし、トンネルの向こうに明かりが見え始めた。

 やがてトンネルの上半分が空へと変わり、私は地上へ帰ってきた。

 

 

「あぁ、楽しかった〜。」

 

 恐怖とスリル、興奮と安堵。

 色々な感情が一気にやってきて、私は目を見開いて先程までいた場所を見上げた。

 

 これは金額以上に価値ある体験だった。

 リリムの愚行も大目にみてやれる程に素晴らしい。

 久しぶりに童心に戻ったきがした。

 

 将来もし子供が出来たら、連れてきたいところナンバーワンだと思う。

 

 リリムはどこいったかな?

 ・・・あ、いた。

 隅に置かれた椅子に腰掛けている。

 

「ちゃんと言ってくれればあんな事しなくてもお金くらいだしてあげたのに。

 て、リリム?」

「あ・・・セツナ様。

 ご無事そうで何よりです。

 ・・・うっ。」

  

 口を押さえて、今にも死にそうな顔をしている。

 

「あんた、もしかして・・・。」

「はい・・・

 私、あぁ言うのはダメみたいです・・・。」

 

 まさかの弱点見つけました。

 これなら次から着いてくるとは言わないかも。

 

 次からと言えば、湯屋の女将さんにテイムを試してみるの忘れてた。

 ま、次の機会でいっか。

 

 それにしても楽しかったあぁ。

 

 

「さて、滑り台で楽しんだ事だし。

 そろそろラックの所へ帰るわよ。」

 

 気持ち悪そうに座り込むリリムの手を引いて、宿へと向かった。

 リリムは手を引かれても変な反応が出来ないほど弱っている。

 

 

「ふふふ。観光の人?

 秘湯【朧】は最高だったでしょ?」

 

 目の前に、突然少女が現れた。

 少女は美しさの中に幼さを残した綺麗な顔つきをしており、全身を緑のローブで覆っている。

 頭には同じく緑のとんがり帽子を被っており、背中に黒いマントをなびかせていた。

 

「どちら様で?」

 

 どこのコスプレイヤーでしょう?

 親御さんはどこですか?

 

「む。私を知らないなんて、とんだ田舎から出てきたようね。」

「なっ!?」

 

 顔に似合わずなんと言う事を口にするんだ。

 親の顔が見てみたいもんだ。

 どこぞの有名人?

 誰もが有名人を知ってると思うなよ。


「せっかく、私の街へ来てくれたのだから名乗らせて頂きましょう。

 私はこの街を収める領主にして、勇者のパーティが一人。

 大魔導師マリーヌとは、私のことよ!!」


「は?」


 今この女なんて言った?

 勇者のパーティ?

 マリーヌなんか存じませんし、勇者の名前をだしてくるとか私に喧嘩売ってんの?

 

「あら、聞こえなかったかしら。

 それともまさか、知らないなんて事は無いわよね?」

 

 だから知らないってば。

 

「貴方がマリーヌさまなのですか!?」

 

 リリムが突然喋り出す。

 

「知ってるの?」

「はい、魔王討伐の報酬としてこの街を領地として与えられた、勇者のパーティです。

 でも、今は世界を凱旋中のはずじゃ?」

 

 リリムはマリーヌを見る。

 確かに勇者のパーティであれば凱旋の真っ只中である。

 何故ここに?

 

「凱旋は終わったわよ?

 私がテレポートで各地を飛び周ったから、直ぐに終わっちゃったわ。」

 

 マリーヌは何食わぬ顔で不思議そうに首を傾けた。

 凱旋中の一団はかなり大規模なものであった。

 そのメンバーを丸々テレポートで運んだと言うのか?

 複数人を同時にテレポートさせるだけでも相当な実力が必要だと言うのに、それだけでマリーヌの強さが異常である事の証明であった。

 

 それにしても、まだ年端もいかぬ少女に領地を与えるなど、国王は何を考えているのだろうか?

 私が言えた口ではないが、領地の運営がこんな子供にできるのか疑問である。

 

「そんな人が一体なんでこんな所に?」

「いやぁ、領地を貰ったはいいけど運営なんかは元の領主がやってくれるから暇でね。

 ぶらぶら散歩してたわけ。」


 なるほどね、それなら納得。

 でもね、子供と言えども勇者の身内なら私の敵よ?

 

「(リリム、個人的にこいつ好きじゃないから。

 あんたの敏感肌使っちゃいなさい。)」

  

 私はこっそりと意思伝達によってリリムへ命令する。

 

「(宜しいのですか?)」

 

 リリムは少し戸惑うような意思を伝えてきたが、それを表情には出さない。

 

「あなた達は観光でしょ?

 私も【朧】はお気に入りなの。

 だから、ちょうど出てきた貴方達に声をかけたってわけ。

 話し相手になってくれないかなぁって。」

 

 暇人の話し相手になるつもりはないが、相手にはなってやるわよ?

 ただし、子供とは言え魔王を討伐したような相手に、正々堂々と真っ向から挑むなんて事はしない。

 流石の私もそこまで馬鹿じゃないのよ。

  

「(リリム、早くやっちゃって!)」

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