愛しのメイリス殺人事件

@pkls

『ラ・プティット・プペ』

 雛町ひなまち本通りにある、人気の菓子店。

 買ったばかりの、白のスポーツタイプのマクガーニ。冴木さえき遥介ようすけは少女の絵が描かれた店の紙袋を、まっさらな助手席に放り置いた。味は、おすすめだというクレーム・パティシエール・エ・シャンティイとフォンダン・オ・ショコラ、季節限定の、『サクラ』を選んだ。

 冴木はスマホを取り出し、メモ帳の画面を開いた。


  □ピストル

  □ナイフ

  □睡眠薬

  □ロープ


 そこに、すばやく追記した。


  □毒入りチョコレート


 冴木は久留美くるみに向けて車を走らせた。久留美にはめったに来ない。広いだけの、平凡な住宅地で、出かけてまで行くようなスポットは何もない。春には、公園で花見ができて、夏には神社で祭りが、秋には並木通りで仮装行列をやる。それは知っている。どれも町内会レベルのありきたりな趣向だということも、知っている————。

 通り沿いの桜が、芽吹き始めている。

 ああ————。

 冴木は白いクロコ調のハンドルを指で叩きながら、信号を待った。

 火曜は忙しいというのに————。

 とある邸宅の前で、冴木は車を止めた。黒の塗壁と茶色い木材が組み合わさった、箱型のモダンな造りの家だった。

 冴木はミラーを覗き、〝うまくいく顔〟を作った。それから、助手席の紙袋をひっつかんで車を降りると、門柱のインターフォンを鳴らした。返事はなかった。

 ああ、面倒くさい————。

 冴木はアプローチを進んでいくと、ドアの前で背筋を伸ばし、叫んだ。「冨樫とがしさーん。冨樫部長ー」

 返事はなかった。

「冨樫部長ー。冴木ですー。いらっしゃいますかー?」

 冴木はドアハンドルに手をかけた。オートクローザー付き、キーレスタイプのスライディングドア。鍵はかかっていなかった。

「部長?」

 ゆっくりとドアを開けると、中に男の後ろ姿があった。

 男は振り返った。背が高く、険しい目つきをしているが、まだ若い、大学生くらいのように、冴木には思えた。

 男の履いている、カラフルなスポット模様の入った、ライムグリーンの派手なスニーカー。

 その傍らに、冨樫とがし幸雄ゆきおはうつ伏せで倒れていた。背中に滲む血を、冴木はその目でしかと見た。

 冴木は視線を上げた。

 男は、血にまみれた『それ』を手にしていた。


  □ハサミ

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