第33話 諦めも時には必要
闇市場──そこは駆除禁止モンスターのアイテムや、世間では流通していない様な代物を扱っている場所。
限りなく黒に近いグレーな商売をしており、値段もかなり張る。
市場の中は悪徳貴族の使用人で溢れかえっている事が多いが、最近では一攫千金を果たした冒険者の姿がちらほら見えるようになったとか。
こんな商売をしているので、当たり前だが公には公表されていない。だが人とは噂をし、それを広めたがる生き物。
尾ひれはひれは当然ついているが、闇市場と聞いて首を傾げる者はいない程には広まっている。
そんな場所に行こうとしている俺達だが、一つだけ大きな問題があった。
「すみません。闇市場を探しているのですが……」
「知らないねぇ、どこにあるのかは……」
場所が分からないのである。
たった今すれ違った婆さんに道を尋ねたが、返ってきたのはもう五回程聞いた言葉だった。
婆さんにお礼を言った後、また別の人に尋ねて見るが結果は変わらなかい。
幸先が悪すぎて辿りつけるか不安になってきた。
最悪宿に戻る事も頭に入れつつ、俺は聞き込みを続けた。
しかし、結果は惨敗。
「うーむ……どうしようか……。ディーネ、精霊の力で何とか出来ない?」
『ディーネは便利屋じゃないの……』
「だよねー」
存在は知られているが、場所は分からない。それが闇市場。
四大精霊の力を持ってしても見つからなかった。
「どうしようか……」
現在繁華街から少し離れた住宅街にいるのだが、ここまで来て何もないとなれば、諦めるのが妥当となってくる。
「あの……レイさん……」
「ん?」
先に進むか、街に戻るかを悩んでいると、不意にニムが申し訳なさそうに声を掛けてきた。
どうしたのかと思ったが、お腹の音を鳴らすニムを見てだいたい察した。
「……一回宿に戻ろうか」
お腹と背中がくっつきそうなニムがいるので、今日は宿に戻る事にした。
***
「いただきます!」
両手を合わせ、もうすっかり慣れた食事の挨拶をするニム。豪快にイノシシ肉のステーキを食べる姿は見ていて爽快だった。
闇市場探しをしていた俺達が帰ってくると、セリカさんが出迎えてくれた。そして何故かすぐに俺達の分の昼食が出されたのだ。実は後をつけていたのではと疑いたくなったのは秘密。
若干の恐怖すら覚えるタイミングの良さの理由をセリカさんに聞いてみたが、
「ふふっ、女の子の勘ですよ♪」
と言うお茶目な感じでの返答がきた。
もっと他にある気がするが、これと言った理由が思い浮かばなかったので考えるのは諦めた。
「女の子の勘ねぇ……」
厨房へ向かうセリカさんを見送った後、チラりとニムを見る。
何となくだが、ニムなら勘だけで未来予知が出来そうな気がした。
なんて事を思いながら終始がっついてご飯を食べるニムを見ていると、不意に目と目が合ってしまった。
「……? どうしたんですか?」
「いや、ほっぺたに食べかすついてるなーって思って」
「え? 食べかすですか?」
上手く誤魔化せた事に安心つつ、汚れている方とは逆側を探るニムを微笑ましい気持ちで眺めていた。
それからもしばらく汚れと格闘していたニムだが、諦めたのかまたステーキをガッツキ始める。
思わず吹き出しそうになった。
「ニム、こっち向いて」
そう声をかければ、口の中に肉を詰め込んだニムが顔を向ける。
取り出したハンカチで口元を拭いてあげると、少し擽ったそうに顔を顰めた。
今のニムを眺めていると、胸の内に温かい変な気持ちが……。これは何だろうか。
不思議な心境の正体を探ってみたが、何も分からなかった。
「レイさん? どうしたんですか?」
そんな状態の俺に違和感でも覚えたのか、ニムが不安そうに尋ねてくる。
「え、何か俺変な顔してた?」
「深く考え込んだような表情をしていたので……」
「ああ、大丈夫。この後の事考えてただけだから」
『ニムは心配性すぎるの……』
「べ、別にいいじゃないですか。ウンディーネは黙ってて下さい」
ディーネがからかう様に笑って言うと、ニムが頬を膨らまして怒る。
はたから見ると姉妹喧嘩のようだった。
そんな二人の様子を気にしながら、俺は皆の食べ終わった食器を重ねる。
「二人とも何か他に食べるか? あるなら買ってくるけど」
『もうお腹いっぱいだからお気にせずなの……』
「私も大丈夫です! あと、片付け手伝います!」
「お、サンキュ」
進んで手伝いを申し出てくれたニムに教育の成果を感じた。
よく見ればディーネも手伝いをしてくれている。普段の口調に合わず気配りが出来るなと失礼な事を考えてしまった。
その後、厨房の入口まで足を運ぶと、セリカさんとばったり遭遇した。
「あ、セリカさん。食器ここに置いておきますね」
「わ、わざわざすみません」
ぺこりとお辞儀をしたセリカさんは、何故か汗だくだった。
忙しいのかとも思ったが、よく見れば足取りがおぼつかない。
物凄く不安になったのでセリカさんに体調を聞いてみると、
「大丈夫です! 元気が私の取り柄なので!」
そう虚ろな目で答えて来た。
これはもうやばいと俺の中のエマージェンシーコールが鳴り響く。
そんなセリカさんが、両手に料理の乗った皿を持って駆けていく。
「あ、あのレイさん。セリカ様の様子がおかしかったのですが、大丈夫なのでしょうか」
「多分駄目だと思う」
カンナ以外の女性には何かと厳しいニムでさえこの言い様なのだ。
放っておく訳にはいかないので、セリカさんを止めに行こうとして振り返えると、
「きゃっ!?」
そう声を上げながら大きく転ぶセリカさんの姿があった。
転んだままの状態で動かなくなるセリカさん。ついに周囲が異常だと察知した。
ガヤガヤと皆ざわめくが、セリカさんの安否を確かめようとする者はいない。それどころか少しづつ距離を置き始める始末。
だが、かえって道が開けたので近づきやすくなった。
「セリカさん、大丈夫ですか?」
急いで駆け寄ると、先程よりも更に虚ろな目になったセリカさんがいた。気を抜けば眠ってしまいそうだ。
「れ、レイ様ですか……すみません、今片付けを……」
「今は休んでください」
「で、ですが……」
倒れてもなお働こうとするセリカさんを横抱きで抱え、一旦俺の部屋に運んだ。
メーさんの中にしまってある布切れと桶を取り出す。
桶に水を入れて来なければいけないが、
『れー……お水……』
「ん。助かる」
ディーネがいるので今回は問題無い。
濡らした布切れをセリカさんの額に乗せ、毛布を掛けて様子を見る。
数秒もしないうちに安らかな寝息が聞こえたので、一旦胸をなでおろす。
「ふー……何とかなった」
『お疲れ様なの……』
「おう……ってあれ? ニムは?」
『下で片付けの手伝いしてるの……。そのうち戻ってくる……』
どうやら手伝いをしているらしい。
「なら、こっちは安心してセリカさんの看病が出来るな」
『……行かないの?』
「ニムならきっと大丈夫だ」
『ディーネは心配なの……』
もう少しニムを信頼しても良いんじゃないかと思いつつ、ディーネの気持ちも分からなくはないので、苦笑いで返しておいた。
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