第18話 双樹のゲート
セリカさんに見送られ、けもの道を駆け巡る事一時間弱。
山を越え谷を越え森を抜け、やってきたのは二本の大樹がシンボルの大森林。
この場所は周囲のモンスターが草食系のものしかおらず、馬車や旅商人、旅芸人等がエスケルトを目指す際に休憩ポイントとして使う事が多い。
「ニム、一旦ここで休憩しよっか。レナさんも辛そうだし」
「わかりました」
近くの木陰で涼みながら俺が言うと、ニムが小脇に抱えていたレナさんをその場にそっとおいた。
セリカさんとレナさんを助けた時に教えた、人の扱いは丁寧にと言う事を覚えてくれたようだ。
ニムもちゃくちゃくと成長しているようで何よりである。
「うえ……気持ち悪いです……」
しかし、運び方には気を使っていなかったようだ。今レナさんは具合が悪いと言った様子で、口元を抑えていた。彼女にはどうか吐かないように頑張って貰いたい。
俺は心の中で心配しながら、そっとレナさんの背中を擦った。
「おーよしよし大丈夫ですよー。あ、一回出しときます?」
「い、一端の淑女の身として……私はここで耐えねばなりません……」
女の人とはなんて世知辛い生き物なんだろう。
背中を擦る度に顔が青くなっていくレナさんを見ながら、俺はそう思った。
「あの……レイ様……背中を擦られると、余計にですね……」
「ん?」
「いえ、ですから……うっ」
「あ、レイさん。その人出しますよ」
「えっ?」
俺がニムの方を見ると同時、レナさんの方から何かが雪崩出る音が聞こえた。
そちらに振り向こうとするが、レナさんが俺の顔を抑えて動かせなくしていた。
「うわぁ……」
と、ニムの引きつった顔が目に映る。
レナさんは本当に出してしまったのか……
「ニム、なんでも良いから思い付いた色を言ってくれ」
「色ですか、そうですね……薄い黄色、とかでしょうか」
「なるほど」
出してしまったようだ。俺が確信したのと同時、レナさんが抑えていた手を離してくれた。
「大丈夫ですか?」
「ゲホッ……すみません、お見苦しいを……」
「その……本当に凄かったですね……」
「ニム、優しさを忘れないで……」
思った事を正直に言ってしまうニムを矯正する義務が俺に出来た。
レナさんは顔を両手で覆って泣いている。
「もうお嫁にいけない……」
ゲろ……嘔吐一つで大袈裟な事になっていた。
そんなレナさんを慰めるように肩を叩く。ニムもさすがに同情したのか、優しく頭を撫でていた。
「大丈ですよレナ様。結婚だけなら男をベッドに押し倒せばすぐ出来ます。……ってセリカ様が言ってました」
「お、押し倒す?」
あの宿屋の娘さん、見た目と口調に合わず大胆な事を言ってくれる。
これは俺以外との人間と初めて故意に接触し、新たな情報を仕入れて来たニムを褒めるべきだろうか……それとも単純に否定するべきだろうか。
これは俺の匙加減でニムの将来が決まってしまう。
この重要な問題を前に、俺はニムとレナさんを見ながらしばらく唸っていた。
「うん。考えても仕方ないわ」
なるようにしかならないと結論付け、俺はこの森のシンボルである二本の大樹の下まで歩く。
そんな俺の後をレナさんをおぶったニムがついてくる。
「レイさん、目的地まではあとどのくらいですか?」
「もう着いてる」
「え……そうなのですか? でも、ここはただの休息場所の筈ですよね? レイ様」
「まあ、何も知らない人から見ればね」
レナさんの言う通り、ここの場所は普段休むためだけに使われている。
しかし、実はこの場所、知る人ぞ知るS級モンスターの穴場スポットなのだ。
「えっと……確かこの辺に……」
穴場へ行くためのアイテムを探して、体中をくまなく探す。
「に、ニム様? これは私の見間違いでしょうか……レイ様がご自身の体の中に手を入れてる様に見えるのですが……」
「……間違いではないと思いますよ」
文字通り、体中だ。
メタルスライムというのは不思議な身体の作りになっており、詳しくはまだ知られていない。
特にメーさんは、謎の多いメタルスライムの中でも、更に詳細が分からない特別個体なのだ。
分かっている事と言えば、液状化と硬質化が使える事と、消化用とは別に収納用の胃袋を持っている事だけ。そして、俺が探しているのはその収納用の胃袋の中である。
メーさんが憑いてる俺は、その胃袋を自分の機能の一部として使えるのだ。
「お、あった」
探し求めていた物が見つかった。
素材に何を使っているのかは不明だが、筒状のモノに穴を開け、片方の端を削ったそれは、誰がどう見ても──
「笛……ですか? レイさん」
「うん。俺の親友がプレゼントしてくれたんだ」
「……レイさんの親友は、よく変わった物をくれますね」
「まあ確かにね。でも、親友から貰った物は一つ一つが俺の宝物だよ」
特にこの笛は、俺が親友と出会った時に貰った一番思い出深い品なのだ。親友も同じ笛を持っていたので、一緒に演奏した事もあった。
なんて風に思い出に耽っていると、レナさんが笛をマジマジと見て来た。
レナさんもこう言う楽器を吹くのかな、なんて思っていると、
「この笛……どこかで」
と、思い出せそうで思い出せないと言った、複雑な表情をしていた。
俺にはどうする事も出来ないので、レナさんの事は置いておき、笛を見って双樹の前に立つ。
「レイ様、その笛で何を?」
「これからこの笛で目的地の入口を開くんだ」
「レイさんが行きたい場所って一体……」
「俺の友達がたくさん居ることろ」
ちなみに言えば、俺には人間の友達がほとんどいない。つまり、俺の友達がたくさん居ることろとは……
「ニムはともかく、レナさんは気をつけた方が良いかもしれないです……SSS級モンスターがたくさんいるので」
「えっ」
レナさんの驚いた顔を見たのを最後に俺は笛を吹き始めた。
決まったメロディーを刻みながら、片足でリズムを取る様に地面を軽く叩く。
そうしてしばらくすると──双樹の間から見える景色が歪んでいく。
──枯れ木が並び、空は紅い、正しく地獄のような場所。
──空は蒼くどこまでも広がり、花と虹が道を作る、まるで天国のような場所。
その二つが双樹の真ん中を境界線にし、西と東で別れていた。
「……まさか、ここは」
どうやらレナさんは、この景色を見た事があるようだった。
驚かせたかっただけに、大変残念である。
「さてと、早速行こっか」
「あの、レイさん……ここって、幻獣以外立ち入り禁止の場所じゃないですか?」
「そうだけど、この笛があれば大丈夫」
俺が開いたこの場所は、基本SSS級の……しかもそのカテゴリーの上位に君臨する幻獣と呼ばれるモンスター達しか入れない場所である。
「もしかしてレイさん……呪いか何かで人間にされた幻獣……」
「だったりはしないからな? この笛を持ってると、何故かは知らないけど、この場所に入れるんだ」
言うなれば、関係者以外立ち入り禁止の区域に、特別招待券を持って入るようなものだ。
「私……ますますレイさんが分からなくなりました」
「私もです……レイ様」
ニムと、いつの間にかニムから下りたレナさんの二人が、珍獣を見るような目で俺を見てくる。
「俺は人間だ……」
少し幼少期の過ごし方と家族及び友人関係が特殊だっただけの人間である。それ以外は他と変わらない……下手したら普通以下の可能性もある。
「じゃ、じゃあ出発するよ! ここから長くなるから覚悟しとけよ!」
「「わかりました……」」
二人からの怪訝な視線を感じながら、俺は歩みを進めた。
「あ、笛しまっとかないと」
ふと思い出したので(メーさんがいる状態の)身体の中に、笛をしまった。
そして、二人からの視線が強くなる。
「ニム様……レイ様は本当に人間なのでしょうか……」
「……ちょっと私も分からなくなって来ました」
いつの間にかニムがレナさんと気を合わせていた。だが、俺を人間か否かの判別会議に掛けるのはやめて貰いたい。
もしかしたらニムが人と馴染める様になるための代償なのかもしれないが、もっと他の議題はなかったのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます