第5話 洞窟…最奥にてスキル。

 天井に蔓延るコウモリ達に目をくれながら、俺とニムは洞窟の最奥までやって来た。途中、何度か蟻型モンスターに出会ったが、臆病故か道を空けてくれたのですんなりと到着。

 洞窟の最奥はコケと一緒に背の低い草木が生い茂っており、種類によっては花をつけている物もある。その花をつけている種を回収するのが今回のクエストだ。


「ふう…耳が痛い…」


 そう言いながら、俺は耳栓を外した。

 長時間の耳栓は耳が痛くなるから少し厄介だ。今度はスポンジでも詰めて見ようか…。

 なんて事を思いながら薬草を摘んでいると、俺と同じように耳栓を外したニムが聞いて来る。


「レイさん、ここが目的地ですか?」

「そうだよ。んで、ここに生えてる花が今回取りに来た物だ」


 足元を指差すと、ニムは興味深そうに眺める。

 そこに咲く藍色の花びらを持つ植物の名はカリニア草。これを使ってポーションを作ると、そこそこ回復力の高い治癒ポーションが完成する。


「こんな全面岩だらけの場所に花が咲くんですね」

「まあ、そう言う種類だからな。カリニア草は」

「カリニア草って言うんですね」


 俺が摘んだ物とは別に、ニムも一本花を摘んでいた。そして、それを自分の手の中で色々と弄っている。


「これでクエスト完了ですか?」

「一応終わったも同然かな。最後にこれをカンナの所に届けなくちゃ行けないけど」

「なるほど…」


 ふむふむ…と唸りながら、納得した様子でニムは頷いてくれる。

 これでクエストの流れを理解してくれた事だろう、と俺は勝手に思いながら耳栓を取り出した。


「じゃあ、そろそろ戻るか。ほい、耳栓」

「あっ、ありがとうございます。…あの…レイさん、何で耳栓が必要何でしたっけ」

「あれ?言って……無かったな…」

「はい。痛い目を見るとしか」


 そう言えば、細かな説明をしていなかった気がする。


「うーん…何処から説明しようか…。ニムは、ヘルツバットって言うモンスターは知ってる?」

「いえ、全く」

「なるほど…そこからか」


 無垢な少女を目の前に、俺はその場に腰を下ろして説明する。


「ヘルツバットって言うのはコウモリ型のモンスターで、甲高い鳴き声が特徴なんだ。あと、群れで行動する」

「群がるのは貧弱な生き物の証だってお父様が言ってました!」

「うん…確かに事実だと思うけど…」


 瞳を輝かせながら言うセリフではないだろう。もう少しオブラートに包んで教えて上げられなかったのだろうか、ニムのお父様よ。


「話が逸れたな。で、ヘルツバットは近くに他の生き物がやって来ると、警戒して一斉に鳴き出す」

「一斉に…。つまり、その音にやられて鼓膜がなくなると。ああ、それで初めて来る人は…」

「そう言うこと」


 正解のファンファーレを鳴らしてあげたいが、生憎そんなものは持ち合わせていない。なので、代わりに頭を撫でておいた。嬉しそうに笑っており、相変わらずその笑顔はやわらかそうだ。


「よく出来ました」

「にへへ…♪」


 機嫌が良さそうなニムの様子に、こちらまでニコりと微笑んでしまう。

 しばらくの間、ニムの笑顔を堪能し、その後俺はその場に立ち上がった。


「じゃあ、そろそろ行こっか」

「はい!」


 採取した花を潰れないよう瓶に入れ、それをカバンの中にしまう。カバンの中には今朝からずっとメーさんがいたので、やむを得ず外に出てもらう事にした。

 メーさんを抱き抱え、洞窟の入口へと俺は歩き出す。


「……ニム?」


 しかし、洞窟の入口とは反対方向の壁をじっと見つめるニムによって、俺の歩みはすぐに止まった。

 迷いなどなく、ただ洞窟の奥の行き止まりを見つめるニム。そして不意に彼女の肩がピクりと跳ねた。


「何か、来ます…」

「え?」


 そう俺が間抜けた声を出した束の間の事。突然ニムが見つめていた壁から、ころころと壁の破片がこぼれ始める。次第にぴきぴきと壁にヒビが入っていき、終いには…



 ─ドゴォン!



 と大きな音をたてて、巨大な壁の破片がこちらに飛んできた。

 俺は咄嗟にニムを抱き寄せ─


「メーさん!」


 そう叫ぶ。

 すると、俺から下りたメーさんが体を広げていき、俺とニムを庇えるほどの壁になった。プルンとした柔らかい体は鋼鉄の様に硬くなり、そこに当たる巨岩は重たい金属音と共に弾かれていく。

 こう言う時は自分自身の魔法か何かでニムを守った方がカッコイイのかもしれないが、最底辺冒険者の俺にはこれくらいしか出来ないので許して欲しい。

 そんな事より、今はニムの安否についてだ。


「ニム、怪我は無い?」

「は、はい…」


 そう答えたニムの耳は赤く、体は若干熱かった。

 突然の展開に興奮しているのだろうか。それとも、現状を窮地だと思い闘争本能が働いたか…。

 正解は分からなかったが、今は安全第一のためにニムの体を更に抱き寄せる。


「れ、レイさん…近いです…」

「悪い。けど今は我慢してくれ」


 メーさんは無限に身体を広がす事が出来る訳ではない。なので、負担軽減の為にも出来るだけニムと密着していたいのだ。


「あぅ…」


 ニムから照れた女の子の様な声が聞こえてきた。いや、ニムは女の子だけども。これが竜族の警戒時の鳴き声だったりするのだろうか。

 なんて事をバカ真面目に悩んでいたら、瓦礫の霰が止んでいた。

 その代わり、俺の隣には大岩と同じくらいの巨大な蜘蛛が傷だらけで倒れこんでいる。よく見れば、八本ある足のうちの一本が無い。


「こいつは、ビッグスパイダー?A+級モンスターがなんでこんな所に…」


 ここら辺のいるモンスターなど、せいぜい高くてC-級程度だ。ニムがいた迷宮ならまた話は別だが。そもそも、ビッグスパイダーは基本温厚な種のはず。何故こんな傷を…。

 取り敢えず手当てをしようと思い、俺が近づくと─



「フレイムボール!」



 何処からともなく火の玉が飛んできた。


「レイさん!」


 火の玉が眼前まで迫った所だったが、ニムが俺の腕を引っ張ってくれたのでギリギリでかわす事が出来た。しかし、そのせいでビッグスパイダーに火の玉が直撃してしまう。

 おそらくと言うか、絶対今のは魔法だが、それが飛んできた方を見ると三人の冒険者らしき人達がいた。


「おお…相変わらずの命中力だなブロウ」

「へへ!どんなもんだい!」


 盾を備えた大柄の男が感心すると、ローブを羽織った小柄な少年が得意気な顔をする。

 その奥からは大剣を備えた、俺と同じぐらい青年が遅れてやって来た。


「ジル、ブロウ。まだ気を抜くな。相手は死んだ訳じゃない」

「相変わらず大将は固いねえ」

「そうだぜリーダー。もうあのクモは死んだも同然何だからな!」


 どうやら盾を備えた方がジル、小柄な少年がブロウと言うらしい。正直、相手の名前なんてどうでも良いので早くビッグスパイダーに回復薬を…


「あっ!リーダー、あいつモンスターに回復薬飲まそうとしてる!」

「げっ…」


 バレてしまった。折角この巨体に隠れてやりきれそうだったのに…。

 なんて事を思っていると相手のリーダー格の青年が、背中の大剣を構えて言ってくる。


「営業妨害はやめて貰おうか?どうやらお前も見た限り冒険者のようだし、同業者なら分かるだろ?そいつの価値が」


 確かに、ビッグスパイダーの糸は高く売れる。俺も以前、偶然町にやって来た商人に見せて貰ったが、おいそれと手が出せる値ではなかった。それだけ価値がある。

 だが、


「ビッグスパイダーの駆除は繁殖期限定の筈だ。今はその時期から外れてる筈だが?密猟者か?」

「…こちらにも事情があるんだ」


 物静かそうで表情が読めない黒髪の青年だったが、一瞬で分かりやすい程の落ち込んだ顔を作った。どうやら、それ程に重要な要件を抱えてるようだ。


「どんな事情があろうとも、密猟は…」

「うるさい!─身体加速ブースト!」

「っ!」


 叫んだと同時、俺の目の前には一瞬で移動して来たリーダーの青年の姿が。気付けば、俺に向けて大剣を振りかぶっていた。


「貰ったあぁ!」


 そう叫び声が聞こえると、俺に向けて大剣が振り下ろされる。

 メーさんのガードも間に合わず、俺は一撃を貰う覚悟でその姿を傍観していた。

 しかしその時、


「レイさんには─…指一本触れさせません!」


 いつの間にか俺と青年の間に入って来たニムが、相手の腹部に思い切り右ストレートを打ち込んでいた。

 青年の腹を守る鉄製の装備は無惨にヒビが入り、少量の血を吐きながら何回も何回も地面を転がって行く。

 そんなリーダーの青年の身を案じ、味方二人が彼に駆け寄った。


「大将!大丈夫か!?」

「くっ…よくもリーダーを…!ウィンドカッター!」


 ブロウが魔法で風の刃を作り、こちらに向かって飛ばして来る。しかし、今度はメーさんが間に合ったので再び攻撃が当たる事は無かった。

 ウィンドカッターを受けたメーさんの周りに砂煙が舞う。おそらく、これで俺達の目が逸れてる間にあのリーダーを回復させる気だろう。


「…今の内にこっちも。メーさん、回復薬出してくれ」


 そう指示を出すと、メーさんはニムの時動揺回復薬を吐き出してくれる。昨日の夕飯の時に話した俺の親友特製の物である。

 かろうじてまだ息をしているビッグスパイダーに飲ませると、呼吸が安定していき傷口も塞がっていった。


「…ゆっくりおやすみ…」


 言いながら優しく撫でると、ビッグスパイダーは眠った様に大人しくなった。

 それと同時、舞っていた砂煙が落ち着いて来る。見えた先には、怪我が治り復活した青年に、魔法の発動準備をしているブロウ、盾を構えたジルがいた。

 相手の首相は、心底機嫌が悪いと言った様子だ。


「次は…仕留める」


 離れているが、その距離を感じさせない程の圧だった。

 だが、こちらのニムもそれに負けないほどの気迫を放っている。


「レイさんは下がっていてください」

「いや…俺も戦うよ。まあ、守備専門になっちゃうけど…」

「え?」


 ニムは驚いた表情をした後、途端に顔を心配の色に染める。

 自分が弱い事は事実だが、一応戦う術はあるのだ。


「メーさん、お願いね」


 俺が言うと、メーさんは頷く様にプルんと縦に揺れた。

 そんなメーさんを片手で前に掲げ、俺は叫んだ─



「──憑依シフトジャック:メタルスライム!!!」


 ニムの時以来の、スキル発動の瞬間である。

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