第2話 嫁(仮)が出来た日

 ─素っ裸の女の子が、夜中に自分の下へと恩返しにやって来た。


 この説明をして何人が信じてくれるだろうか。いや、きっと信じてくれる人はいなだろう。冷たい目で見られた後、「お前、頭大丈夫か?」と心配されるのがオチだ。けれど、今俺の目の前ではそんな頭を疑われるレベルの出来事が起きている。

 白銀の髪に、水晶のように透き通るクリっとした青い瞳。小柄なのに出るところは出てる体。

 そんな自称ドラゴンの美少女が、恩返しという名目で俺の所にやってきた。

 自分で言っているのに、何を言ってるのか理解出来ない。


「えっと…ドラゴン?」

「はい!ドラゴンです!」

「…何かの勧誘ですか?」

「かんゆう…?恩返しに来ました!」


 なるほど、さっぱり分からない。

 そう思考を放棄し、俺は一度彼女を家に招き入れた。このまま放置してたら風邪を引いてしまう。


「えっと、服…服…羊毛の上着で大丈夫かな…。取り敢えず、これ着て」

「…これは、何ですか?」

「何って…上着、かな?羊の毛でできた。着たことない?」

「はい!ドラゴンですので!」


 先程からそうだが、この子の全面的なドラゴン押しはなんなのだろうか。

 なんて思い、素性がまったく分からない彼女に俺は質問する。


「君は何処から来たの?それと、今まで何しての?」

「えっと、日が落ちる前まで寝てました。それと、私が何処にいたかは分かりません。なんか、石のレンガがぶわーってなってる所だったので」

「石のレンガが、ぶわー…」

「はい!」


 自称ドラゴン少女のあまりに抽象的すぎる説明に、俺は頭を悩ませる。

 ただ、俺があの白銀竜に会ったのも、迷宮の最奥にある石レンガがドーム状になった場所だった。なので、少なからず石レンガと白銀色に関しては一致する。

 もしかして、本当にドラゴンなのか?と俺が考えていると、


「何なら、私がドラゴンだって言う証拠を見せましょうか?飛翔か火炎放射、お好きな方をどうぞ」

「…じゃあ、飛翔で」


 万が一の事を考えて飛翔にしておいた。

 こんな木造の建物の中で火なんか吹かれたら、一瞬にして俺と家が灰と化してしまう。


「飛翔ですね!分かりました!」


 そう元気良く返し、少女は「う〜ん…!」と頬を膨らましながら力強く唸る。

 すると途端に…



 ─バサッ!


 …と、翼が少女の背中から生えて来た。そして、俺はこの翼に見覚えがあった。

 銀色の翼用の背骨に、白い飛膜。あの時見た時は穴が空いていたが、その翼は間違いく迷宮にいた白銀竜と同じ物。

 仮にこの少女が本当にドラゴンだとして見ても、一応話してくれた情報と俺の記憶が合致するわけで…


「…本当にドラゴンだったのか」

「はい。あと、飛んで良いですか?多分風圧でこの小屋が吹っ飛びますけど」

「えっ…そ、それは勘弁して欲しいな。取り敢えず、君がドラゴンだって事は分かったから翼はしまって?」

「分かりました…」


 少女は、しゅん…とした様子で自身の翼をシュッとしまい込んだ。もしかして飛びたかったのだろうか。

 一応、これで彼女がドラゴンだと証明された訳だ。だが、モンスター界最強と言っても過言ではない御方が、こんな田舎町の最底ランク冒険者の俺の元にどう言った御用でいらしたのか…。


「えっと、君はなんでここに?」

「恩返しに来ました!」


 そう言えば、そんな事も言ってた気がする。


「恩返しって言っても…俺、君に何かしたっけ?」

「死にかけていたところを治療して頂きました。体の傷は完治しましたし、穴だらけだった翼も先程お見せした通りです」

「…もしかして、回復薬飲ませた時の事?」

「はい!」


 尊敬の眼差しと言うのだろうか。少女からは、治療魔術のプロである最高司祭様を見るかのような、そんな輝きが向けられていた。

 だが、残念ながら俺はそんな大層な人でも無いし、この少女にあげた薬も親友から素材を貰い、俺が調合しただけの物だ。つまるところ、


「あの回復薬は友人から譲り受けたものだし、俺はビギナー冒険者だ。だから、お礼を言うならその友人に言ってくれ。生憎だが、俺は何もしてない」

「死に際の命を一瞬で回復させる薬をくれる人って一体…。で、でも、貴方様はあのすごい薬を見ず知らずのわたしに使ってくれて…」

「?…あの薬なら、友人の承諾と時間があればいくらでも作れるよ?」

「あのレベルの物をいくらでも!?」


 何をそんなに驚くのかと俺は思ったが、思い返せば俺も最初にあの薬を見た時はこれくらい驚いたものだ。

 目の前で感慨深そうに頭を捻らせる少女を見ながら、俺はそんな思い出に耽っていた。


「ほへぇ…今の治癒技術は進歩してるんですねぇ…。すみません、何千年も神殿に篭ってたものですから常識に疎くて…」

「何千年も…。何か事情でもあったの?」

「はい…。正確には篭ってたと言うよりは閉じ込められてたと言った方が正しいですが…」


 先程まで驚きながらも興味深そうに人間の知識に感心していた様子だった少女だが、途端に表情を曇らせてしまう。

 そう言った風に表情に出てしまう程、少女の過去は辛いモノのようだ。


「まあ、辛い事なら話さないで良いよ。それよりさ、お腹空いてたりはしない?」

「お腹ですか?」


 下手くそだが何とか話題転換をしようと思い、俺はそう聞いてみる。

 少女は、いかにも『大丈夫です』とでも言いたげな様子で俺を見つめていた。


 ─ぎゅるるぅ〜。


 だが、残念ながら体は正直だったようだ。

 少女はそっと俺から目を逸らし、先程まで大事そうに抱えていた羊毛の上着に自身の顔を隠した。


「…ごめんなさい…。ここしばらく何も食べてなくて…」

「気にしなくて良いよ。それじゃあ、ご飯にしよっか。と言っても、あんまり豪華なモノは出せないけどね…」

「い、いえ…お構いなく…」


 恥ずかしさが伺える声で、少女は言った。

 先程から思っていたが、彼女は本当に表情がコロコロと変わる。失礼かもしれないが、賑やかな彼女の表情を見ていると何故だか楽しくなってくる。

 なんて事を思いながら俺は料理の準備をし、台所の魔石コンロに火をつけた。その瞬間、羞恥に埋もれていた彼女が即行で復活し、ワクワクした様子で、


「これは…何ですか?」


 そう聞いて来た。中々に難しい質問だ。

 普段当たり前に使っているものの説明を頼まれると、異様な説明しづらさのせいで言葉が出てこなくなる。


「これは魔石コンロって言って…なんて言えば良いのかなー…。えっと、この真ん中にある石が残る限り、火を起こしてくれるんだ。それで肉を焼いたり、お湯を沸かしたりって言う風に使うもの…かな?」

「火なら私も出せますよ?」

「食材が消し炭になったりしない?」


 少女は再び俺から目を逸らした。


「あはは…。まあ、君の出す火は熱すぎるからね。あの時もちょっと火傷したし…」

「…あっ」

「ん?」


 苦笑混じりに俺が話していると、何かを思い出したかのように少女が声を漏らした。


「…それです…ずっと気になってました…。なんで…私の火を直に受けて生きてるんですか?」

「中々に辛辣な質問が来たね」

「あ…そ、そういう意味ではなくてですね…」


 途端にあたふたし出す少女をクスりと笑いながら、彼女の頭を撫でた。


「大丈夫、君の言いたい事は分かってる。まあ、質問に答えるとしたら…メーさんのおかげって答える他無いかな」

「メーさん?」

「ああ。ちょうどそろそろ起きる頃かな?」


 なんて予想を立てていると、ベッドのしたからノソノソとメーさんが出てくる。寝ぼけ眼でゆったり歩く(ように見える)メーさんに、予めお皿に盛り付けておいた鉱石達を差し出した。目の前に置かれた鉱石を皿ごと丸呑みし、数秒咀嚼のような動作をした後、頭から皿をペっと吐き出す。

 そんなメーさんの様子を少女がじっくり見ていると、二人の視線が合い、メーさんだけが固まった。数秒その状態が続いたが、ハッとしたようにメーさんが体の動きを取り戻し、上下左右に忙しなく動いていた。


「ふむふむ…あ、御丁寧にどうも。あと、昼間はご迷惑を……え?…あ、ありがとうごいます。……はあ…なるほど……えっ、良いんですか?」


 どうやらモンスター同士で話が通じ合うようだ。何を話しているのかは分からないが、嫁ぎ先の実家に帰って来た嫁のような雰囲気を出している。


「えっと、その…私なんかで良いんですか?…え?むしろ私だから?…あっ…えと…じゃあ…不束者ですが、よろしくお願いします」


 なんだか最後に怪しい一言が聞こえたが、話は終わったようだ。

 何故かドラゴン少女がモジモジしながらこちらを見てきているが、決してそう言ったものではないだろう。

 メーさんがホクホクしたような顔で、俺と彼女の事を見ているのは気の所為だと思いたい。

 俺にはまだそう言う話は早いと思う。家庭を持つとか言う年でもない…。


「あの……レイさん…」

「おう、どうした?」


 メーさんが勝手に俺の名前を教えてしまったのだろう。ドラゴン少女は恥ずかしそうに俺の名を呼ぶ。

 ドラゴン少女では呼びにくいので今度名前を考えようと、俺はやけくそにそう思った。


「えっと、たった今メー様とお話させて頂いたのですが…私があの時に無礼な事をしてしまったのは気にしなくて良いと…」

「それは良かった」

「あと…もう一つですね…」

「うん、言ってみて?」


 きっと、色恋沙汰には慣れていないのだろう。突然襲いかかって来た浮いた話に、動揺を隠しきれていなかった。そして、それは俺も同じである。

 男というのは、可愛い子に迫られたら興味好意関係なくドギマギしてしまうものだと俺は思う。


「『危なっかしい事をよくする子だが、どうかよろしく頼む』と、メー様から…」


 嗚呼…やはり、そう言う話をしていたのか。

 そう悟った俺に対し、少女は追い討ちを掛けるかの言う、


「じ、実は私…どうやって恩返ししようか考えていなくてですね…。それで、またメー様が言うには『可愛い女の子が嫁になってくれれば、レイは飛び跳ねて喜ぶ。だから、君に任せたい』と仰っていて…わ、私も…そう言うの良いなって思っちゃりしてですね…。その…ダメ、でしょうか…?」


 照れながら、上目遣いで少女はそう言ってきた。

 これは…なんて卑怯な仕草だろうか。


「あー…うん。一応、俺も君もまだ出会って間もないし…ゆっくりお互いの事を知りながら…だったら、その…良い、かな?」

「!…はい、分かりました!」


 俺なんかで本当に良いのかとも考えてしまうが、彼女のムニっと柔らかそうに緩んだ笑顔を見ていると、そんな考えも何処かに飛んでいってしまう。

 そして、恩返しの仕方が決まったのが嬉しかったのか、少女は機嫌良く俺に宣言する。



「─れ、レイさんに見合うように、私…お嫁さん修行頑張ります!」


 どうやら、俺も覚悟を決めるしかないらしい。

 俺と少女を祝福しているのか、それとも茶化しているのか…。小屋の中では、メーさんがいつも以上に飛び跳ね、夕飯のいい匂いが漂っていた。

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