第11話 調律

 この世には調律師という職業がある。ピアノやバイオリンの線を律し、音色を正常に正すことが役目。だが、線は楽器だけに限らない。

 その日、都心の某心療内科に一人の客がきた。三十代の暗い顔をしたキャリアウーマンである。彼女は最近、自身の仕事が空回りしている不安を覚えており、そんな折にネットで評判のこの心療内科に訪れたのである。

 五分後、白皙のカーテンから担当医師が現れる。四十代半ば程で、丸眼鏡をかけている。簡単な問診の後、医師は橙色の厚手の手袋を取り出した。

 そして彼女に目を瞑らせると、医師は彼女の胸中に思い切り手を入れ込んだ。そして十数秒後、医師が手を離す。彼女の方はさっきと違い晴れた顔をしていた。

 最近の精神治療は、人の心に張っている「琴線」を律する手法が流行っている。

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