第16話 ダーシェンカ

 僕がまだ小さいころ、実家には年代物の蓄音機があった。僕は当時生きていた祖母と一緒にその蓄音機でクラシック音楽を聴くのが好きだった。

 祖母はその蓄音機のことを「ダーシェンカ」と、旧友と話すように呼んでいた。

 ある日、僕は何故蓄音機にあだ名をつけているのか気になって、祖母に質問したことがある。祖母はゆっくりとまばたきをし、蓄音機の台部分を指差す。そこには、蓄音機を覗き込む子犬のロゴマークがあった。祖母は僕を見て、優しく語りだす。

 「この犬の名前。昔読んだ本に、同じ外見の犬がいたの。私の一番好きな本よ」

 数年後、祖母は他界した。蓄音機は今も実家に飾られている。僕は今日、実家に帰省した際、久しぶりにそれを見た。子犬のロゴが見える。あのロゴの犬の本名は「ニッパー」らしいが、祖母の中では、今も「ダーシェンカ」のままなのだろう。

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