第7話:怒りと哀しみ
「こんなところで野営地なんて造っているんじゃないッショ!」
「燃ヤス! 燃やしてヤル!」
ゼーガン砦から勝手に飛び出した10数人で構成された騎馬隊は野営地の前を横切るように馬を走らせる。そして、木で出来た柵に向かって、右手に持つ松明を次々と投げつける。小人数の奇襲であったために効果はそれほどではないが、ボヤ程度には柵に火が回っていく。
それに気を良くした騎馬隊が次に取った行動はショウド国軍の野営地の中で暴れることであった。そもそも、こんなちんけな火で野営地全体を燃やしてやろうとはさすがに考えてなかった。これは敵の眼を火に釘付けさせるためだったのである。
馬の尻の部分に括り付けてあった武器を空いた右手に持ち、騎馬隊は勢いを持ってして、野営地に侵入する。そこで建築作業をしていた
「ふざけやがってでゴザル! 好き放題暴れて、それで無傷で帰れると思うなでゴザル!」
ゼーガン砦から奇襲隊がやってきて、野営地内で散々に暴れているとの一報を受けた
「ど、どうしたッショ!? う、馬が言うことを聞かなくなったッショ!!」
「こ、これはマズイ! 振り落とサレル!?」
マッゲ=サーンが大きく開いた口の奥から発したのは
それをマッゲ=サーンは全身全霊を込めて
そして、馬は元来、気が小さい動物である。突然、耳につんざくような音が響き渡り、ヒヒーーーン!! と鳴き声を上げる。そして暴れ馬と化して、自分の上に乗っていた者たちを次々と振り落とし、あろうことか、馬たちだけが野営地から逃げ出してしまったのである。
馬から振り落とされたウイル=パッカーとダグラス=マーシーたちは勢いよく地面に叩きつけられる。しかも、運の悪いことに彼らは地面に打ち付けられた際に、身体のあちこちの骨を折ってしまうことになる。
戦闘不能になった騎馬隊の面々は、はははっと力無く笑い、武器を手から離し、降参を示すためにも両手を頭よりも高い位置に上げるのであった。
そんな彼らにドスンッドスンッ! と怒りが滲む足音を立てて近づく人物が居た。それは先ほど
へらへらと力無く笑うウイル=パッカーの頭頂部目がけて、2度、3度とそのいかつい棍棒を振り下ろす。ウイルはウベッベボッビギッ! と声に成らぬ声で悲鳴を上げて、やがて物言わぬ屍となる。
「な、何をシテイル! ワレらは降参の意思を示シタ! 捕虜を無残に殺していいわ……」
ダグラスが眼の前の
「馬鹿か何かでゴザルか? 散々に暴れ回っておいて、降伏の意思を示せば、命は助かるとでも本気で思っていたのでゴザルか?」
マッゲ=サーンは屍となったダグラスに向かって、ブッ! と唾を吐きかける。残された騎馬隊の面々はヒイイイ! と叫び声を上げながら、その場から逃げ出そうとする。だが、落馬した際に、身体のあちこちの骨にヒビが入っていたために満足に動けない。
足掻く騎馬隊の面々を怒りに震える
それから約1時間経った後であった。ウイルやダグラスたちの変わり果てた姿をゼーガン砦の兵たちに見せつけるかのように、彼らの死体は磔台に晒されることになる。
夕日がまるで血の色のように紅く染まっていた。血まみれの屍と化した奇襲に参加した兵士たちをより一層、紅く映えさせていた。
その磔台をゼーガン砦の石壁の上から見ていたニコラス=ゲージは、うおおお! と泣き声を上げ、その場でへたり込むことになったのであった。
「ウイル、ダグ! 何してんだぜっ! 俺は止めただろうがっ!」
この件でニコラス=ゲージはアキヅキ=シュレインに預かっていた兵の4分の3を失うことになり、実質的にニコラス隊は壊滅することになるのであった……。
心に深い傷を刻まれたニコラスに声をかけれる者など居ない。ただ、亡くなった戦友たちを思い、ニコラスは泣き声を上げ続けた。その泣き声はゼーガン砦内に響き渡る。
ニコラスの嘆きは一晩中続くものかとさえ思えた。だが、哀しみの淵から強引に彼を引き上げる者が居た。
「おい、いい加減にしとけっ! てめえはそれでも1個の隊を預かっている身かっ!!」
ニコラスを叱り飛ばしたのはシャクマ=ノブモリであった。彼は右手でニコラスの襟首を掴み、強引に彼を立たせる。しかし、ニコラスは引かずに、涙で両目を腫らした顔のままにシャクマに反論する。
「あんたに何がわかるってんだぜっ! 数週間前に突然現れたくせにっ! あいつらは長年、俺と同じ釜のメシを喰ってきたんだぞっ!」
「女々しい奴だっ!」
シャクマはそう言うなり、思いっきり握りしめた右の拳でニコラスの左頬をぶん殴る。いきなりぶん殴られたニコラスは眼を白黒させるのであった。
「ニコラス。耳をかっぽじって、よおおおく聞きやがれっ! お前が率いていた隊は元は姫の隊なんだっ! その姫がお前と同じく哀しみの底に沈んで、メソメソと泣いているのか!! ええ、どうなんだ!?」
激しく動揺し次の言葉が出ないニコラスの左頬に、シャクマはもう1発、力のあらんばかりに右の拳をめり込ませるのであった。
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