第3章:恋の味は蜂蜜

プロローグ

――ポメラニア帝国歴253年8月8日 火の国:イズモ:シュレイン邸にて――


「トモエ! トモエーーー!」


 むせかえるような夏の暑い日の午後。アキヅキ=シュレインが16歳になる2カ月ほど前のことである。雨が降りしきるこの日、カゲツ=シュレインであるトモエ=シュレインが長い闘病生活の末、シュレイン邸の自室のベッドの上で静かに息を引き取ることになる。


 その息を引き取った妻の身体をカゲツ=シュレインは1時間以上もの間、ずっと抱きしめながら泣き続けたのである。


 その哀しみに暮れる父の後ろ姿にアキヅキ=シュレインも哀しみのあまりに泣くのであった。


 それから3か月も経った頃であろうか。突然、シュレイン家の当主であるカゲツは、アキヅキの弟であり、シュレイン家の長男でもある息子:キサラギ=シュレインを突如、土の国:モンドラのとある男爵家の跡取りとして養子に出してしまったのである。


「お父さま! なんで、キサラギにそうつらく当たるんですかっ!」


「はははっ。アキヅキは何を言っているんだい? 私はただ善意として、あいつを跡取りの居ない老夫婦の養子にしただけだ。大体、うちにはアキヅキ、お前がいるじゃないか?」


 キサラギ=シュレインはまだ6歳であった。トモエ=シュレインが体調を崩したのは無理をして長男を産んだことが要因のひとつであった。父親は言葉に出さないながらも、弟のことを恨んでいる。アキヅキにはそう思えてならなかったのである。


 だが、なお食い下がるアキヅキに対して、カゲツはただ憂いを帯びた笑顔と抑揚のない声で答えるのみだ。のれんに腕押しと感じたアキヅキは日が経つにつれ、弟のことを父の耳に入れないようにしていくのであった……。


 そして、カゲツは自分の胸にぽっかり空いた穴を埋めるために、他の女性の肌のぬくもりを求めていくことになる。




 月日が経ち、21歳になったアキヅキは未だに父とその女性との関係を知らないでいた。それがアキヅキにとって親友と呼べる女性であったことを……。

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