第9話:五虎将軍

――ポメラニア帝国歴259年3月15日 火の国:イズモの国境付近:ワーダン砦にて――


「カーパパッ! 計画通り、ダンジリ河の渡河地点であるワーダン砦をほぼ無傷で手に入れることに成功したんダワス。見る見る鎮火させられていくのを見て、向こうの将は歯がみしていたに違いないダワス!!」


「イーヒヒッ! サラーヌさま。ご機嫌レスネ~。いや、それも致しかたないレスネ~。ここまでこちらの、いや、サラーヌさまの術中に嵌ってくれるなら、策士冥利に尽きるというやつレスネ~!!」


 不敵な笑みで高笑いをする2将が居た。ひとりは金色の体毛に蒼色の縞模様が走る半虎半人ハーフ・ダ・タイガ:サラーヌ=ワテリオン。彼はショウド国軍における征東セイトウ将軍の地位にあった。


 そして、彼の右隣でへこへこと頭を上下させ卑屈な雰囲気を醸し出し、さらには手もみしながら、彼の策を褒めたたえる男。金色の体毛に黒色の縞模様が走る半虎半人ハーフ・ダ・タイガ:クラーゲン=ポティトゥ。彼はショウド国軍における征北セイホク将軍である。


 ショウド国軍には五虎将軍が存在する。その五虎将軍がショウド国軍の兵士全体を5分割していると説明して差し支えないだろう。


 その内の征東セイトウ征北セイホクの2将軍がワーダン砦攻略の任に就いていたのである。


「ふっ……。つまらんいくさだったのでゴザル。もう少し、骨のある武人と戦いたかったのでゴザル」


「マッゲー、あなた……。サラーヌさまから逃げる敵は追わないで良いと言われていたでショ~~? なんで、わざわざ砦を開け渡してくれる相手を全力で追いかけているノ~? 馬鹿でショ、マッゲー」


「ふっ……。女子おなごにはわからぬのでゴザル! 獅子は逃げる敵をも全力で屠るのでゴザル!!」


「あたしら、半虎半人ハーフ・ダ・タイガじゃン。獅子じゃないじゃン!」


 そして、五虎将軍でも若き征南セイナン征西セイセイの2将軍がキッシー砦攻略の任に就いていたのであった。


 ゴザルゴザルと五月蠅いのは、金色の体毛に紅色の縞が流れる半虎半人ハーフ・ダ・タイガ:マッゲ=サーン。彼は征南セイナン将軍であり、血の気の多い半虎半人ハーフ・ダ・タイガの中でも群を抜く将である。


 そして、そんな武人も武人であるマッゲ=サーンにするどくツッコミを入れているのは五虎将軍の紅一点であるミッフィー=ターンである。彼女の身体は柔らかな金色の体毛に包まれており、さらにその美しさを強調するかのように銀色の縞が流れているのであった。


「ふわ~。昨夜はマッゲーを止めるのに無駄な力を使っちゃったノ~。夜更かしはお肌の大敵なノ~。あたしは休ませてもらうワ~。マッゲー。キッシー砦のことは任せたからネ~?」


 征西セイセイ将軍であるミッフィー=ターンは眠い眼を右手でこすりながら、左手は大あくびで大きく開けてしまった口を左手で隠すのであった。なかなか器用でゴザルな……とマッゲ=サーンは思ってしまうが、ここでまた何かを言えば、彼女にずけずけとツッコミを入れまくられるのは火を見るより明らかであった。


 彼女がキッシー砦の外に設けられた野営地のテントに帰っていくのを釈然としない面持ちでマッゲ=サーンは見送ることになる。しかし、それよりもマッゲ=サーンには気になることがあった。


「さて……。独立宣言も無く、ましてや宣戦布告すら無く、奇襲から始まったこのいくさ。どう締めくくる気でゴザル? サラーヌ殿」


 マッゲ=サーンは蒼く晴れ渡る3月半ばの大空を見上げながら、ひとり、そう呟くのであった……。


 そもそもの事の始まりは、ポメラニア帝国での政変が原因であった。ポメラニア帝国に君臨する先代である第14代:シヴァ帝が行方不明になり、急遽、第1皇女であるメアリーが第15代のみかどへ就任したのである。


 それだけではない。そのみかどを支えてきた四大貴族のうち、3人もが死亡、失脚、国外逃亡と相成った。これを好機と見ない周辺国が存在しないわけがない。


 ショウド国はポメラニア帝国に属する火の国:イズモの東側の国である。領土の広さはその火の国:イズモより少しばかり狭いだけだ。さらに好都合なことに、火の国:イズモの実質的支配者であり、ショウド国の目の上のたんこぶと称されていたハジュン=ド・レイは国外逃亡だ。


 もし、ポメラニア帝国の政変が起きた後でも、ハジュン=ド・レイが健在であったならば、ショウド国は火の国:イズモに攻め込むことはなかったのかもしれない。


 それほどまでに、ショウド国はハジュン=ド・レイの存在を厄介に思ってきたのである。真綿で首をしめるかのように、ハジュン=ド・レイはショウド国と付き合っていたのである。もう少しで、彼が推し進めてきたポメラニア帝国の貨幣制度の大幅な改革に巻き込まれかけていたのである、ショウド国は。


 しかしだ。ポメラニア帝国に起きた政変により、貨幣制度の改革もどこかへすっ飛んでしまった。ショウド国は国内に湧き上がっていた不平不満が吹き飛ぶ形となる。そして、さらにはそんな無茶な要求を突き付けてきた宗主国に痛い眼を見せようという軍部からの圧力が急に増したのであった。


 五虎将軍のリーダー格は大将軍である、その地位に就き、さら同時にショウド国の国主でもあるネーロ=ハーヴァは悩みに悩む。日に日に膨れ上がる軍部の不満の声は遂に頂点へと達し、『ポメラニア帝国からの独立』を錦の御旗として、現国主の追放も辞さぬと声高に主張しはじめたのだ。


 ことここに至って、ショウド国国主:ネーロ=ハーヴァは、自分への追求をかわすために、火の国:イズモへの侵攻を許すことになったのだ。しかも、『宗主国であるポメラニア帝国への事前通達一切無し』の軍部の案に判を押すことになる……。


 ポメラニア帝国には、例年通りにダンジリ河での水練の通達だけを伝えていた。何も知らぬメアリー帝はその通達を信じ切ってしまった形となったのであった。


「カーパパッ! 所詮、女子供が政治の中心部に座れば、寝首を掻かれるのは歴史が証明しているダワス! さあ、1日も早く、ワーダン砦をショウド国の最前線砦へと生まれ変わらせるのダワス!!」


 ショウド国:征東セイトウ将軍:サラーヌ=ワテリオンは高笑いをしていた。ショウド国の悲願である『ポメラニア帝国からの独立』が実現可能のように彼の蒼穹色の双眸には映っていたのであった。

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