金髪エルフ騎士(♀)の受難曲(パッション)
ももちく
第1章:シュレイン家の娘
プロローグ
――ポメラニア帝国歴247年 4月16日 火の国:イズモ:シュレイン邸にて――
「えいっ! やーっ! とぅー! あちょーっ!」
「ちょっと待て……。我が娘よ。あちょーとは何だ? あちょーとは……」
シュレイン邸の庭で、藁で出来た大人の背ほどある人型に、勢いよくブンブンと自分の背丈ほどもある木刀を振り回す齢9歳の我が娘に対して、思わずツッコミを入れてしまうカゲツ=シュレインであった。
アキヅキ=シュレイン。御年9歳。種族は純血のエルフ。まだ伸長は120センチメートルにも満たぬというのに、父であるカゲツ=シュレインに剣の稽古をつけてほしいと願い出てから早3か月が経とうとしていた。
カゲツ=シュレインはまずは型を覚えることからと手取り足取り娘を指導しているのだが、自分のひいき目を差し引いたとしても我が娘は剣、特に
行く行くはその道を究めた者に娘の指導を託そうと思いながら、うんうんと感心していたところに娘が謎の『あちょー!』との雄叫びをあげたためにツッコミを入れた次第なのである。
「あれー? おかしいなあ? ハジュンさまからは『あちょー!』と叫べば、2メートルを越える大男ですら、鎧ごと一刀両断できるって教えてもらっていたんだけどー? 指導してもらっているヒトをわたし、間違えちゃった?」
木製の
(くっ! あの馬鹿貴族がっ! 四大貴族でなかったら、この手でなます斬りにしてくれるものをっ! 何故、正しいことを言っているはずの自分が愛娘から疑われるような視線を飛ばさなければならぬのかっ!)
カゲツ=シュレインはこめかみをぴくぴくと痙攣させながらも努めて笑顔で、娘の金色で柔らかい髪をやさしく撫でながら
「良いかい? ハジュンさまの持病のひとつに、ひとをからかわないと呼吸が止まってしまうという不治の病を持っていてだね?」
「ふーーーん。ハジュンさまも厄介な病気にかかっているんだねー? ねえ? お父さん。その病気って、キスをしたらうつっちゃうモノなの?」
娘のその一言はカゲツ=シュレインのこめかみに青筋をくっきり浮き立たせるには十分な破壊力を持っていた。少し前まで娘は『お父さんと将来、結婚するーーー!』と言っていたのに、今ではすっかりクソハジュンの
シュレイン家はポメラニア帝国において、子爵の身分にある。そして、
ハジュン=ド・レイは浮島の上に建てられた豪奢な屋敷の執務室にある仕事机の椅子に座って、火の国の各地から登ってくる報告書等の処理をするのがほとほと嫌なのかは知らないが、下界の視察と称しては1カ月に1度という頻度で火の国:イズモの各地に出張ってくる。
そのため、彼より下位の爵位を持つ家々はほとほと困っているのが現状であった。他の四大貴族たちは君臨すれども統治せず。しかしながら、しっかりと税だけは頂いていくという腹立たしいことこの上ない存在だ。
それでもだ。下界の仕事の裁量権のほとんどは部下に当たる伯爵、子爵、男爵家が持っている。そのため、上前を跳ねるといったこともある程度は黙認されているのが現状だ。
だが、こうも頻繁に下界に視察にやってくるボスが居たらどうなるか? 答えは明白だ。皆、渋々ながらも真面目に仕事をしなければいかなくなる。そして、上前を跳ねるために過大に民から税をむしりとる下位の爵位の家も無くなるといった寸法だ。
それゆえ、ハジュン=ド・レイは火の国:イズモの民たちから絶大な支持を受けている。それに付随して、火の国:イズモの領主たちも割とクリーンなイメージを持たれているため、下手に悪いことは出来ないといった始末であった。
まあ、そんなことはどうでも良い。今、大事なことは、我が娘がクソハジュンとキスをしても良いのか? と自分にお伺いを立ててきたこだ。
この歳くらいの女性たちは父親が下手なことを言えば、『お父さんなんて大嫌いっ!!』と言うのが常である。カゲツ=シュレインは慎重に言葉を選び抜いて、彼女にこう告げるのであった。
「良いかい? アキヅキ。キスと言うのは本当に大切なヒトとしか、してはいけないんだよ?」
「え? そうなの? わたし、お父さんが好きだけど、お父さんにもおやすみなさいのキスをしちゃダメってこと?」
「それとこれとは話は別だ……」
カゲツ=シュレインはそこまで言ったあと、ごほんとひとつ咳払いをし、自分の娘の頭を優しく撫でながら、次の言葉を口にする。
「アキヅキがもう少し大人の女性になれば、きっと、お父さんよりも大切だと思える男がアキヅキの眼の前に現れる……。お前はそいつと幸せなキスをするんだぞ?」
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