2019年の令和
人新
第1話 始まり
僕が生きているうちの平成には何もなかった。また、それは年を重ねる度にそんな気がした。世界の大ニュースも、とんでもない殺人事件も、あくまで僕にってはただの他人ごとにしか思えなかった。僕は大して、そのような出来事に対して、怒りもなく、涙もなく、喜々もない。
そんな平凡な日常は連続的に続いて、いつのまにか僕は大学生になっていた。
そして、僕は未だに、大学生という自らの立場を理解できなかった。時々、どうして自分は大学生にになったのだろうかと考えることがある。けど、結局は世間と人に流され、非生産的な日々は費えていくのだ。それは僕に至らず、ほかの人間もそうなのかもしれない。けど、とにかく僕は今いるこの立場が非常に奇妙だった。
世界が2019年を迎えたとき、僕の身に少しずつおかしなことが起きた。まず、唯一知っていた友人が死んだ。自殺だったらしい。首を吊って死んだと聞いた。しかし、僕にとってはそのことが妙に感じた。それは世界の終わりを告げるように、彼が世界と破滅の仲介者であったように感じたのだ。もちろん、世界は破滅なんかしなかった。むしろ、新年号を迎えるため、みんなうきうきしていた。
そして、冬の終わりが近づくころ、僕は東北に行った。どうして、東北に行ったのかはわからない。なんとなく行ったのだ。
僕の行った場所は恐ろしいほどに何もなかった。それは張りぼての世界のように感じた。
けど、僕はそこで一週間暮らした。ただ、朝日を見て、歩いて、朝食を食い、本を読んで、昼食を食い、歩いて、本を読んで、音楽を聴いて、酒を飲んで、また本を読んで、寝る。なんとなく、変なリサイクルだった。妙な贅沢だった。その時、常に駆られたのが僕以外にこんなことをしている人間がこの国にいるのだろうかと思いだった。
そして、なにも得たわけでなく、僕は地元に帰り、複雑な気持ちを抱えて、墓場に行った。また、その墓場も奇妙で、墓石が数十しかなかった。もちろん、新しい霊園でもない、ただの畑の跡地を少し改良したようなそんな場所だった。
そして、僕はそこである一人の女性と出会った。
それは令和と決まる、一日前の出来事。印刷業者が心待ちにした、一日前のことだった。
その日は風が強かった。木々が揺れ、梅の花の匂いが流れ、空は澄んでいた。けど、彼女だけ、物理法則を無視したように見えて、髪も揺れず、顔色一つ変えないで、けど、涙は流していた。僕は、友人の墓の正面に座り込んで、手を合わせていた彼女の横に立った。もしかすると、友人のガールフレンドだったのかもしれない。僕はその行為を終えるまで、ただ彫られた名前を見ていた。彼女が立ち上がるまでは非常に長かった。地球の自転と公転が通常の何倍も遅くなった、そんな気がした。
僕は彼女が立ち上がるまで、なにを考えていただろうか。友人のことか、それとも読みかけの本の内容か。いや、多分、何も考えていなかっただろう。僕はただひたすらよく知った名前を見つめていたのだ。
「あなたは?」
僕の意識は覚醒する。ずっと、見つめていた名前は、意味のない文字列に見え始める。
僕は彼女の顔を見た。それはきれいな顔立ちだった。大きく凛とした目に、高い鼻。もしかすると、どこか東欧とのハーフかもしれない。
「ここの墓に眠る彼の、数多い友人の一人」
僕は淡々と答えた。そして、少し斜めからも屈みこんで手を合わせ、黙とうする。
僕は昔から、墓参りに行く機会が多かった。それは死んだ身内が多いのも一つだが、なにより宗教的な観念を持っていたというのが主な理由かもしない。受験前や、正月になったら神社に行くような、そんな感じだ。
僕は彼のことを考えた。
まず、友人はタナカと呼ばれていた。それは自分が平凡で、平均的な人間だと自負していたからだ。よく彼は、世界中の田中さんには失礼だけど、俺は平凡的という言葉を田中的って言うんだよと言っていた。だから、僕も彼のことをタナカと呼んだ。
けど、結局いまこうやって、本名の前にして手を合わせていると、その名前もタナカともいえない。僕はただもどかしい気持ちで、あの世も今は少し寒いか? なんて気のない言葉を心で言う。無論、返事はない。
僕は立ち上がり、彼がよく飲んでいた微糖のコーヒーを置いて、もう一度墓石を見た。それはもう役目を果たしたように見え、今ではただの石の塊にしか見えなかった。
どうしてか、僕はこの場所に二度と来ることはないような気がした。
僕が彼と対峙した後、彼女はまだ同じ場所にいた。視線からして多分、空を見ているのだろう。僕もその視線の先を見た。けど、そこには酔っ払いが書いた直線のような飛行機雲しかなかった。僕は彼女になにか声をかけようかと思った。けど、結局やめた。僕と彼女の間には大した接点はないのだ。唯一あるのは、互いは彼の知り合いか何かということだ。
墓参りをして、一週間が過ぎた。
その間にあったことは、年号が令和に決まったことと、第一優先で二次登録した講義がすべて落ちて、一つは第二希望。二つ目は第三希望になったぐらいだ。
そして、大学生活が再開した。そして、あの日墓にいた彼女と再会した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます