トリルノース・ナイン

冬雪 依織

Ver.Zero

Ⅰ とある記事

 2020年、世界の常識が覆った。とある街の、とある大学で、とある研究発表が行われた。その研究は、世界中が注目し、感動の声を上げた。


『人体機械化蘇生法』…通称『Ver.X』。研究発表では、実際に施術された被験者が登場し、会場の誰もが圧巻した。見た目は、生きている人間と同じ。しかし、中身は損傷部位が機械で補われ、体温調節は体内に内蔵されている温度調節システムで、内部機械がヒートを起こさず、なおかつ施術者が快適に過ごせる体温を作り出している。


研究題目として、『死者蘇生は可能なのか? 現代の常識を覆す、“第二の生命”のご提案』と挙げられている。研究者は発表会場となった工業大学のロボット研究チーム。サポーターとして大企業である『グライフファクトリー』が協賛している、大規模研究を行っていたチームだった。


特に注目を浴びたのが、研究進捗の舵を取ったとされる、当時大学2年生の男子だった。この研究は彼らが入学してくる前から進められていたものらしく、彼らはそれを引き継ぎ、見事成功という偉業を成し遂げたのだ。


そんな男子大学生を動かす大きな力の源となったのは、成功した当時より1年前に亡くなった、彼女だった。彼女も同じく研究チームの一員で、研究チーム唯一の女研究員であった。しかしある日、連日行われた実験の疲れからか、階段から転倒。頭を強打してしまう。即死であった。


男子大学生は悲しみに暮れるも、グライフファクトリーの当時の社長に声を掛けられ、再起する。「このままだと、彼女に笑われてしまう。」今までよりも一層研究に励み、周りの研究員もそれに応じるように、血眼になりながら研究を進めた。その結果、2020年の春、死者蘇生に成功し、夏に研究発表が行われた。初めての成功体は、自分が愛していた彼女だ。


研究発表の後日、記者会見が行われ、研究チームに所属する男子大学生らが一人ずつコメントを述べた。その中で、彼女を失った悲しみに暮れながら、愛する人が帰ってくる日を待ち望んでいた男子大学生、八神 雄城は、「今、とても幸せです」と笑顔で記者たちに話をする。そして、グライフファクトリー当時社長、土居 信弘は「いよいよやってくれたと思っている。彼ら、そして彼女なら、必ずや成し遂げると信じていた」と感激のコメントを寄せている。


それから5年後、“Ver.X”誕生の街は、世界に名を轟かせるため、『トリルノース』と改称し、県とはまた別の実験都市として存在することとなった。世界中から協賛物資が届けられ、瞬く間に蘇生法が確立され、成功率もより高まり、遂には一般市民でも施術が行えるまでに成長した。しかし、そこで八神が呟いた。「まだ何が起こるかわからない。世界がこの街に追いつくまで、施術者の出入りを規制してほしい。」


トリルノースとして街を新たにした際に就任した市長、もとい、かつて八神とともに研究に携わっていた人物、土居 知樹はこれを了承し、施術者にはパスポート、および街内で使用される身分証明に施術者を表すマークを印刷し、改めて発行した。トリルノースは、世界のどの人種の、どの国の人間であれ、施術を受けに来ることができるよう、施術希望者や施術を希望する人物の親族には特別住民カードが配布されていた。これには差別との声も上がったが、まだまだ確立されていない療法として、“第二の生命”に恐れを為す人々が多いのも事実であり、賛成の声も上がった。八神は、「誰が言おうと、関係がない」と言い放っている。この発言がさらに、差別だと主張する人々の反感を買った。


そして、次第にトリルノースの街の外への交通機関が使用不能となり、街に入るための高速道路、および一般道までもが通行不可能になった。理由は、何者かによる襲撃。トリルノースが、孤立した街と化す少し前のことだった。


2030年。ついにすべての始まりとなる大事件が起きる。『第一地区襲撃事件』。トリルノースは、街の改称を行う際に、地区の再編成が行われた。これは、新しく移住してくる外国人施術者のために、地区番号のみを伝えればどんな場所に家があるか、何の建物に行きたいかを大まかに伝えることができ、さらに実験地区もトリルノース内にできたために、その区分化などの意味も持ち合わせている。第一地区から地区を時計回りに数え、第九地区まで存在している。第一地区は、改称前の街でも中心区であった場所であり、市庁もこの第一地区内で機能していた。それ故に、トリルノースは大打撃を負った。しかし、復興はさすが“第二の生命の街”。わずか1年で再建し、別称『メトロ・トリルノース』という名を預かる程の発展地区と化した。中心地である“ストーンモール1番地”の町並みはSFさながら。SF映画の撮影にはぴったりの街だ。それは、“街に入れたらの話”だが。


2027年、トリルノースは完全に封鎖され、街の中に健常者、施術希望者、そして施術者を残したまま、日本政府は対策を急ぐこととなった。なぜか国が把握している施術者の数を超えた“施術者”がいると確認され、健常者のみを街の外に出すことが難しくなったのである。被害者数を増やさないためにも、トリルノースへの出入りを完全に禁止し、街の中にいる人々が外に出ないようにも対策が講じられた。


2030年の事件直後、グライフファクトリー社長、土屋は謝罪会見を開き、第一地区復興後、辞任すると表明した。グライフファクトリーからの賠償金は、事件に巻き込まれた人々の生活復興の大きな助けとなった。


なぜ、街は封鎖され、グライフファクトリーは窮地に追いやられたのか。それは、すべての事件の犯人が、“施術者の暴走”によるものだったためである。


“Ver.X”の施術対象者は、死亡時に『脳死判定を受けていない』死亡者であることが大前提とされている。理由は、“Ver.X”は脳に微弱な電気を送り込み、その電気と、施術者に組まれた損傷部位の代替となる機械、そして機械動作のためのプログラムが動作し、初めて死者が息を吹き返すという仕組みになっている。息を吹き返さなかった場合は、改めて機械を組み換え、プログラムを打ち換え、電気信号の力の強弱を変える…などの試行錯誤を繰り返し、行っていく方法である。損傷が大きかったり、多かったりすると、それだけ機械を多く搭載しなければならず、基本多くの施術者が胃や腎臓等々の機能を消失した状態で蘇生されるため、基本食事は取らず、排便もしない。そして何より、姿は施術時と全く変わらなくなる。このことから、倫理問題にも取り上げられてきたが、施術者の暴走により、社会の目は“第二の生命”に冷たい視線を向けることとなった。


暴走の原因は、プログラムのエラーか、内部機械がヒートしたことによるパニックだと八神は分析し、想定できなかったことを悔い、謝罪している。しかし、研究者はこの方法を売り物にしたわけではなく、愛する人のためだけに尽力しただけだと、社会から抹殺されることはなかった。


しかし、たった1年で得た偉業といい、トリルノースの施術者規制といい、もしかしたらこの一連の出来事は、すべて八神の思い通りだったのではないか…という推測も飛び交っている。


トリルノース市長、土屋知樹は、自身の父、信弘がしでかした事の尻拭いをさせられているものの、研究者時代の姿勢を変えず、真摯に問題解決に向け策を講じている。


そして、グライフファクトリーを引き継いだ新社長、黄瀬 真也は、「この街のために尽力していきたい」と意気込んでいる。黄瀬もまた、研究チームの一人であり、初の成功体である女研究員とは旧知の仲であったという。


2039年。来年、トリルノースは市制15周年を迎える。あの大事件からも、頻繁に暴走した施術者による事件が多発し、3年前の2036年では、第二地区の住宅地が炎に飲まれ、多くの人が命を落とした『第二地区火災事件』が起きている。大事故で亡くなった人々の多くは、“Ver.X”施術を拒否しており、受けたいと願っても、施術条件(損傷部分が全体の3分の2を超えると施術不可能)に当てはまらないなどという状況が続いている。


果たして、トリルノースが再び、栄光ある“第二の生命の街”として輝く日はくるのだろうか。しかし、トリルノース、およびトリルノース内では、施術者をこう呼ぶようになった。


グライフファクトリーから、『グライフ』と。


生身の体を持つ人間と、『グライフ』の関係もまた、トリルノースは解決していかなければならない。



―――――日本広報新聞 記事より

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