#平成が連れて行った

々々

【−1話】『青い鯨』




「青い鯨って知ってる?」


愛菜が唐突に言った。

愛菜との会話には脈絡というものがない。

昨日のドラマの話をしていたかと思えば今日の授業の話になるし、嫌いな先生の話をしていたかと思えば、新しく買った服の肌触りが気にくわないだの、甘いものが食べたいだの、ニュースで見た遠い国の戦争の話だの、夢で見た荒唐無稽な笑い話だの、とにかく無秩序に話が飛んでいく。

だからわたしはこの時も、ああ、またいつものやつが始まったな。なんて感想とともに、雑な対応で応じていた。


「普通に鯨って、青くない?」

「青くないよー。みーちゃん、鯨見たことある?」

「実物はないけど、さすがにあるよ。テレビとかで」

「んー。みーちゃんはたぶん、ちゃんと見てないんだね」


そう言ってこっちをジトッと見てくる。


「ああ、あれ?シロナガスクジラは白いとか、そういう話?」

「シロナガスクジラは白いけど、話したいのは青い鯨の話だよ」

「そうだったそうだった。そんな話だった気がする」

「みーちゃん、聞く気ないでしょ」

「どーだろねー」


こっちも雑に返すと、さらに目を細められる。


「はいはい、機嫌なおしてくださいよお姫さま」

「……はぁ。そういうとこだよね、みーちゃんのダメなとこ」

「んで? 青い鯨だっけ?」

「そうそう、青い鯨。あのね、鯨って、基本的に黒いの。真っ黒。海の青より暗い黒」

「あー、そっか、確かに黒かも」

「ね? やっぱりみーちゃんは、ちゃんと見てないんだ」

「まー、特に興味もないしね、鯨なんて」

「そうそう。鯨なんて、みんな興味がないの。でも、黒い鯨は目立つから、広い広い海の中でもその存在を認識される。でね、そんな広い海の中に一頭、青い鯨がいたの」

「鯨って一頭二頭なんだ。匹だと思ってた」

「……青い鯨は青いから、海の青に溶けてしまいそうなくらい青いから、大きな身体を持っているのに、誰にも気付かれないんだって」

「無視はさみしいぞー」

「そう、さみしいの。こんなに大きな身体を持っていて、こんなに綺麗な身体を持っているのに、誰もそのことに気付いてくれない。周りにたくさん魚や鯨だっているのに、誰も気付いてくれない」


そう言うと愛菜はなぜかすごく嬉しそうな笑顔を見せて、


「ねえ、私たちに似てると思わない?」


そう問いかけてくる。

学校で、部活で、塾で、ネットで、街中で。誰にも気付かれずに静かに漂っているだけのわたしたち。


「青い鯨は、鳴き声をあげれば気付いてもらえるんじゃない?」

「無理だってわかってるくせに」


ぷくーっと、愛菜は頬を膨らませる。


「子供かよ」

「子供じゃん」


そしてくすくすとお互い笑いはじめる。


「まあ、わたしは、愛菜がいてよかったよ」


なんとなしにそう言うと、愛菜は急に真剣な顔になる。


「みーちゃん……」

「な、なにさ」


ちょっと照れくさい気持ちになってキレ気味に返すと、


「……おなかへった」

「…………はいはい、お姫さまお姫さま」

「じゃがりこ食べたいーじゃがりこー」

「じゃがりこでお腹は膨れないでしょ」

「えー」


そのあとは、台所にあったじゃがりこを食べたり、やっぱり食べ足りないとカップラーメンを食べたり、いつも通りのなんてことない会話をして、いつも通りの一日が過ぎ去っていった。




翌日、愛菜は死体で発見された。

電車に飛び込んで、自ら命を絶った。

即死だったらしい。


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