第六章 発動! 最後の作戦 2
* 2 *
朝食を終えて自分の部屋に入ると、先客がいた。
「あぁ、ゴメン。使わせてもらってるよ」
机の据置端末に向かっているのは英彦。
幹部に招集してからアジトへの転移ポイントとして使ってる僕の部屋には、僕がいなくても自由に入っていいと言ってあった。
「構わないよ。何をやってたの?」
「データのとりまとめを。自衛隊と機動隊の通報からの到着予想を、曜日と時間帯別に」
ステラートの活動に際して、最初に対応に出てきたのは警察だった。
すぐに機動隊が出てくるようになって、その後には自衛隊まで出てくるようになっていた。
僕の家の近くの航空自衛隊基地には、ステラートに対抗するため多目的装甲車が臨時で配備されている。テロリストとして認定されてるステラートへの対応出動は、最初は作戦が終わった後にしか基地を出発できなかったけど、いまではほとんど即座に出動できるような体勢になってる。
装甲車に装備された大型の機関銃や大砲は、たとえ変身スーツを身につけていても驚異だったし、注意すべき対象となっていた。
でも、今後出撃しないなら、そんな情報は必要ないはずだった。
「……ありがとう」
席を譲ってもらって、まとめられた情報に目を通す。
本当にどこからこんな情報を集めてくるのかわからないけど、英彦の情報はわかりやすくて、詳細にまとまっていた。
「これからステラートは、どうするの?」
「――まだ、考えてる」
トライアルピリオド終了まではあと三週間ほど。
タイムリミットは近づいてるけど、僕は次に何をすべきか、見つけ出せてはいない。
「残念だな。遼平ならあともう一回くらい、何かやってくれると思ってるんだけどね」
僕の側に立って、眼鏡の奥で微かに笑ってるらしい英彦に疑問を覚える。
一年の最初からだから彼との付き合いはもう短いとは言えないけど、僕のことをそれ以前から知っているようなことをたまに言うことがあった。
「英彦はなんで僕のことを……、えぇっと」
なんて聞いていいのかわからなくて、言葉が濁る。
「そうだったね。ぼくはまだ探研部に入った理由とか、話したことがなかったね」
座ってる僕の側に立つとそびえ立つように見える長身の彼が、少し腰をかがめて僕の顔を覗き込んでくる。
「ぼくは遼平のことが好きなんだ」
「へ?!」
何を言われたのか一瞬わからなかった。
いや、わかってもどう反応していいのかわからないけど。
「あぁ、いや。この言い方だと語弊があるね。僕が君に興味を持ったのは去年のことなんだ」
「去年?」
僕が英彦のことを知ったのは高校に入ってからだ。
中学の頃は学校が別で、家に近い公立に通っていた僕と違って、彼は同じ県内だけど、けっこう遠くに通っていたと聞いている。竜騎やマリエちゃんならともかく、中学の頃は部活にも入ってなかったから、英彦との接点が思い浮かばない。
「三年のときに君が、いや竜騎たちと共同だから、君たちが発表した自由研究を憶えてる?」
「――うん。町名調査だったよね」
中学三年の夏休み、僕は竜騎とマリエちゃんと一緒にやったのは、住んでる地域の町名の調査だった。
近くにある町名にふと疑問を持って始めた調査は、結局思っていた以上に広範囲を調べてしまって、ふたりに手伝ってもらいながら共同の自由研究として発表した。歴史的にも変遷のある町名は、意外に奥深く、周辺地域や文化や宗教、時代にも関連していて、はまりこんでやっていたのを憶えてる。
学校がエントリーして、県内の自由研究のコンクールで賞をもらって県庁舎にも行くことになったやつだった。
「県の奨励賞になったんだったよね」
「うん。あのときぼくは大賞を取っていてね。携帯端末のアプリだったんだけど、自分でつくっててぜんぜんおもしろくなかったんだ」
そのときどんな作品が受賞したかなんて、僕はすっかり憶えてなかった。大賞を取ってるくらいなんだからかなり良いアプリだったんだとは思うけど。
「ぼくはやろうと思ってやることは、けっこう何でもできちゃうみたいなんだ。あのときのアプリも先生にこんなものはどうかと言われて、つくっただけだしね。運動は得意とは言わないけど、勉強についてはいまは高校の範囲内は終わってるから、試験の前以外は主に大学関係でおもしろいのがないか探してることが多いね」
さらりと言ってるけど、すごいことじゃないんだろうか。
教室で勉強をしてることが多い月宮さんだって、そこまでやってないと思う。
「けれど、それだけできると何をやってもつまらなくてね。もっと熱意を持ってやれることはないか、なんて思ってた。そんなときに出会ったのが、あの自由研究だったんだ」
懐かしむように笑う英彦。
沈着冷静で、表情をつくること自体あんまり多くない彼がこんなにも笑うのを、僕は初めて見た。
「なんでだろうね。あのときあのマップを見て、ぼくは感動――。そう、感動したんだ。平易な文字の羅列に過ぎないのに、ぼくが書くのと違って、楽しんで書いてるんだって伝わってきたんだ。あのときの会場で竜騎たちと進学する高校の話をしてるのを聞いて、ぼくはもう、そこに入るしかないと思ったよ」
「そう、なんだ」
「ぼくは君が、君たちが好きだよ。探研部の活動も、ステラートの活動もね。――だから、ステラートのことは、まだ納得が行かない」
目を細めて怒ってるではなく、笑ってるでもなく、英彦は僕の目を覗き込む。
「トライアルピリオドの結果がどうなるとしても、ステラートではまだやり残してることがあるんじゃないかと思ってる。君は興味を持ったことには、好きになったことにはいつも全力なんだと思う。ぼくは少し期待をしすぎかも知れないけど、もし何かあるなら、僕はそれにつきあうよ。それにたぶん、竜騎も篠崎さんも、ぼくと同じことを言うと思う。遼平はいま、何がやりたい? 何を知りたい?」
「それは……」
問われて僕は、答えに迷うことはなかった。
――シャイナーと、月宮さんのことが知りたい。でも……。
「やりたいことが、知りたいことがあるよ、この後どうするかについて、いまはまだ決まってない。でもトライアルピリオドが終わる前には、たぶんお願いすることがあると思う」
「うん。待ってるよ」
僕の方を軽く叩いて、爽やかな笑顔の英彦は部屋を出て行った。
――僕はまず、確かめてみないといけない。
月宮さんとシャイナーのことを知るために。
ひとりになった僕は、そのために何をすべきかを、そのための手順について考え始めていた。
*
最後の戦闘員が塵となって崩れ落ちるのを確認して、アクイラは装備した武器を解除した。
高校の体育館ふたつ分ほどの広さがある訓練室の真ん中で、アクイラは腕を組みながら考え込む。
「うぅーん、やっぱり戦闘員じゃ物足りないな」
変身スーツを着てジャンプしても手が着かないほど天井の高い訓練室に、アクイラの独り言は霧散していった。
ピクシスが組んだ訓練用の自動戦闘プログラムで動く戦闘員は、破壊衝動のみで攻撃してくるのに比べれば格段に良い動きをするが、それでも訓練相手にするには弱すぎる。せめて誰かが、できればルプスが管制する戦闘員なら歯ごたえはあるが、いまはそれが適う状況ではなかった。
それに生成にエネルギーを使う戦闘員を、あまり大量に消費するわけにもいかなかった。
「どうかされましたか?」
「おっ、ちょうどいいところに」
アクイラに声をかけながら訓練室に入ってきたのは、樹里。
相談したいことがあって変身スーツでコールしていた樹里は、待つことなくやってきた。
「ちょっと新しい武器について相談なんだけどさ」
新しくデザインした武器に関する視界を共有視界に設定して、アクイラは気になる点の修正について樹里に訊いてみる。
ピクシスがいればよかったが、いまはアジトには入室していないようだった。
「じゃあそんな感じでよろしくっ」
「はい。承りました」
変更点を伝え終えて、アクイラは共有していた視界を閉じた。次どうしようかと、少し考える。
踵を返して立ち去ろうとした樹里を、アクイラは呼び止めていた。
「ねぇ樹里さん。――あいつ、どうしてる?」
「あいつ? 首領ですか?」
「うん。ここのところあんま話してなくってね」
振り返った樹里は、アクイラの言葉に表情を曇らせた。
「直接お話されてはどうでしょうか」
「それができればいいんだけど、ちょっと話しかけづらくてね……」
マリエの件があってからも何度か顔は合わせていたが、遼平とはまともに話をしていなかった。
最後に顔を見たときには、向こうも話しかけづらい様子だった。
――このままじゃあ、ダメだよなぁ。
そう思いながらも、アクイラは自分からどうしていいのかわからないでいた。
「……わたしも、ここのところ首領とはあまり話していませんので。すみません」
「喧嘩でもしてるの?」
「そういうわけではないのですが」
うなだれるように下を向く樹里の表情は、曇っていると言うよりも、苦しげなものだった。
遼平が学校にいるときか、用事があるとき以外は遼平の側にいるという印象の樹里が遼平と話していないというのは、アクイラには考えられない状況だった。
確かに先日部室で遼平も樹里と話をしていないとは言っていたが、一時的なものだろうと思っていた。
「あいつに何か傷つくようなことでも言われたの?」
遼平はたまに、思慮のない言葉を言うことがある。自分の考えに没頭しての発言で、悪気があるわけではないのはわかっていたが、それでも言われた方は傷つくこともある。
「いえ、わたしはナビゲーターで、人間ではありませんから、傷つくなどということはありません」
頑張って笑顔をつくっているような樹里は、確かに人間ではないと感じるときもあるのは確かだった。
ここのところ学校に通っているマリエの替え玉。ほとんどの人は気づかないが、ほんの微かに違和感のある替え玉が樹里であるという事実は、確かに人間ではないのだと感じることのひとつだった。
けれどいま目の前で苦しそうな表情を浮かべている樹里は、人間とどこが違うのか、アクイラにはわからなかった。
「なんで傷つかないなって言ってんのに、いま泣きそうな顔してるの?」
「……わかりません。どうしてこんな顔をしているのか、わたし自身よくわからないんです」
存在感が薄いように思えるのに、いつも遼平の側にいて、いないと疑問を感じるほどの存在感を持っている樹里。
考えてみれば彼女が生まれたのはステラートが結成されたとき。たった三ヶ月と少し前のことだ。
もし彼女に人と同じ心があるのだとしたら、彼女はある意味で生後三ヶ月なのだと言えるかも知れない。
「俺から聞いといて何だけど、まぁあいつは大丈夫だよ」
「どういう意味ですか?」
なんで大丈夫だと言えるのか、アクイラ自身よくわからなかった。
これまで彼とつきあってきた時間が、大丈夫という言葉になって口から出てきていた。
「なんて言っていいのかわかんねぇんだけど、アイツは好きなことには一直線で、興味を持ったら脇目もふらない。俺とかマリエちゃんはあいつに置いてけぼりにされないようにするだけでけっこう必死だったりするんだ」
「そう、なんですか」
何の話をしてるのかというような疑問符を、樹里は顔に浮かばせている。
「うん。あいつはそういう奴だ。でもたまに、迷うんだよな。道に迷う。んで、一度立ち止まると結構長いし、ひとりじゃ動けなくなることもある」
最後にそんなことがあったのは、いつだったろうか。
確か高校に入る少し前のことだったような気がしていた。
教科書や学校に関する情報が送られてきて、入りたい部活がないことに気づいた遼平は、どうするかを迷ってしまった。
自分で部活をつくる気はあったけれど、それに竜騎やマリエを巻き込んでいいのかで、勝手に悩んで、誘っても家から出てこなくなった。
――あのときは色々あったなぁ。
そうなるとひとりでは歩き出せなくなる遼平だから、仕方なく竜騎はマリエと一緒に、まだ入学式も終わっていない高校に行って、顧問になってくれる先生を捜した。
探検研究部というクラブの名前を決めたのも、竜騎とマリエだった。センスがある名前だとは自分でも思えなかったが、それでもクラブ創設届けを突きつけて、遼平を家から引っ張り出した。
自分もマリエも、つきあわされてるんじゃなく、自分の意志で、一緒にいるんだと示すためにやったことだった。
「そうなったときには、あいつはケツを叩いてでも前に進ませてやるしかない。あいつは妙なところで諦めが良かったりするから、そういうときが一番気をつけないといけねぇかな?」
「どういうことですか?」
顔を上げて、樹里は求めるような瞳でアクイラに問うてきていた。
「どうにもならない、って感じたとき、それもある程度の結果が出てるときなんかはとくに、ここまででいいか、って思っちゃうみたいなんだよな。全力を尽くさないんだよ。そういうときはたいていもうちょいやっとけばよかった、って後悔するんだけどな」
「そう、なんですか……」
そうした遼平の様子を知らないらしい樹里は、不思議そうな表情を浮かべていた。
「いまたぶん、とくにステラートのことであいつのケツを叩けるのは、たぶん樹里さんだけだと思うぜ」
「……はい。肝に銘じておきます」
彼女が何をどう受け止めたのかまではわからない。
それでも少し笑顔を取り戻した樹里に、アクイラもヘルメットの下で笑みを浮かべていた。
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