小さい私と大きいクラスメイト
図書室を利用する生徒はあまり多くない。それでも本は棚にきちんと並んでお行儀よく待っているし、私も借りに来る人が来た時の為に席に座っている。今日は誰も図書室には来ていない。返却された本を抱えながらカウンターから離れてそれぞれの場所に戻しに行く。行くのはいいけど、大変な事がひとつある。
私は背が低い。
別に高くなりたいわけじゃないのだけど、低いと棚の上の方に届かなかったりする。踏み台(今どき折りたたみじゃないのもどうだろう)はあるけどいちいち持って歩くわけにもいかないし、一緒の当番の子に頼むのも実はちょっとだけ気が引ける。
むっすりとした顔でカウンターに座っている
「(だいじょうぶ!ちょっと背伸びすれば届くはずだもん)」
近くの棚の上にちょっとだけ抱えていた本を置いて、棚板の縁を掴みながらつま先立ちしてみるけどあとちょっとが届かない。こういう時だけ手がにゅーんと伸びたらすごくいいのに!そしたら私だって一番高い棚に本の一冊くらい戻せるのに。
「中条さん」
「ひゃー!」
上から降ってきた声にびっくりして、棚にセミみたいにくっついてしまったけど、声をかけてくるのは一人しかいない。多分。他に誰か入室してなければ。
「い、石井君、あ、あれ?」
見上げると坊主頭に眼鏡をかけて、やっぱり難しい顔をしている石井君が立っている。記録チェックしてたんじゃなかったかな、とオロオロしていたら、戻そうとしていた本をひったくるように取り上げられる。
「あ、ご、ごめんね、もしかして、使うのだったの?」
「………使わない」
むーっとしたまま石井君はその本を私が戻そうとしていた棚のその場所にすぽんとはめ込んでしまう。
「言え」
「え?」
「背、届かないだろ中条さん」
じろ、と見下ろされて少しだけ怖い。声も低くって、ちょっと怖い。
「も、もうちょっとで届いたよ!もうちょっとだったもん」
「俺が居るんだから、遠慮しないで使え……、怪我したら大変だろ」
「……う、うんと、ごめん、ね?」
「気が付かなくてごめん」
「えっ、どうして石井君が謝るの?」
ぷい、と石井君がそっぽを向く。棚の上に置いていた残りの本も抱えて歩き出すから待って待ってとつい、後ろをついていく。
「ねえねえ、ねえねえ石井君ってばー」
「話しかけにくいんだろ」
「もしかして私声に出してた!?」
「出してない出してない」
はははと楽しそうに笑った顔は見えないけど、石井君の笑った声は初めて聞いた。静かな図書室に彼の低い声だけが吸い込まれて消える。
「俺は顔が怖いって言われるからな」
「あわ……」
「中条さんは声に出してないって」
「石井君はエスパーなのかと思った―私ー!」
こっちを振り返って、石井君がにやっと笑った。
「あ!石井君が笑ったの初めて見たよ!」
「中条さんよりは笑いの沸点高いからな」
「私そんなに低いのかなあ??」
「布団が吹っ飛んだ、で笑っちゃってるだろ中条さんは」
「だって面白いもん、面白くない?お布団が飛んじゃうんだよ?ぽーんってしちゃうんだよ??」
「感性が違うようだからちょっと同意しかねるなあ」
初めてこんなにたくさん彼とお喋りしている、と思うとなんだかウキウキしてしまう。
「いや、中条さん」
「え?なになに??」
「ついてこなくてもいいんだけど」
「石井君とお喋りするチャンスだ!って思って」
「いやいや」
「石井君ってもしかしてお喋り嫌いじゃなかったりするんだね!」
「……まあ、話しかけられれば話すよ」
低い位置に本を戻そうと屈もうとした石井君の手から今度は私が本をさっと取り上げる番だった。
「低いとこは任せて!私、得意分野!」
そういってえっへんと胸を張ると、石井君がぽりぽりと頬を指でひっかいた後、こっちを見る。
「……じゃあ高いとこは任せて、俺の得意分野」
にやっと笑った石井君に、私はくすくすと笑い返す。
私は背が低い。
でも背が低いと、石井君の顔が下からよく見える。
「石井君って面白い人だったんだね」
「そうか?気を付けないと中条さんが抱腹絶倒しちゃうかもな」
「えー!大変!ふふふ!」
今までちょっと怖い、と思っていた顔が、今日からは怖くなくなりそうだった。
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