第71話 下ネタ?
「なにが可笑しい!」
声帯も機械化しているのだろう。ガダナバの声は肉声と比べものにならないほどの音量である。しかしそれすら嘲笑うように、アシュラドは裂けた口から牙を覗かせて笑う。
「だって」湾曲刀の先端を向けた。「お前のどこが『人間』だよ?」
「ブフッ」サイが噴き出した。
「それ、言っちゃうんだ……」パニーが同情の目をガダナバに向ける。
「差別しちゃいかんと思って言わなかったのに」キリタは笑いを堪える顔でそっぽを向く。
数えるほどになってしまった軍服たちの間にも、微妙な空気が流れる。
口には決して出せないものの、態度がこう言っていた。
あー、それな。
「愚弄するか!? 貴様らと一緒にするな!」
「してねえよ」
アシュラドは不敵な笑みを浮かべる。
「なにがあったか知らんし興味もねえが、目的のために自らの身体を機械と化すその執念、恐れ入る。そこじゃねえ。そこじゃなくて……それで自分を『人間』、俺やパナラーニを鬼、って差別する、ズレた思考が可笑しくてな」
「それのなにが可笑しいんだ!」
「や、説明したじゃねえか。まあ解らんなら仕方ねえ。
笑いのツボは、ひとそれぞれだからな」
そしてアシュラドは、高らかに叫ぶ。
「パナラーニ、キリタタルタ、サイ!」
その目を、パニーは知っていた。傲慢で、大胆不敵で、自信に満ちていて恐ろしげで、だけどその隅には微かに、懇願や祈り、罪悪感や臆病さが覗いているのだ。
だからこそ前にその目を見たとき、素直に信じた。
サバラディグの王城でジェシルと最後に戦ったときと、同じ目だった。
『俺に身を委ねろ』
サイは付き合いの長さから考えずともその意図を知り、キリタは全く意味が解らなかったものの、ただの『人間』なので抗う術はない。
アシュラドが、走る。そして『操作』を行使する。
操るのは、仲間だけだ。
キリタは「うわぁぁぁおっ!?」と叫びながら、竜巻と化して残った軍服らをひとり残らず叩き伏せていく。「ぉお、なんか楽しいぃなこれ!」
サイは拳を振りかぶる。そこへ向けてパニーが跳ぶ。
「おっ?」
「うっ……わぁあああああっ!」
サイが渾身の力で放ったパニーが、ガダナバへ向けて飛んだ。
「馬鹿が!」
ガダナバが左拳を飛ばして迎え撃つ。飛行中のパニーはそれを避ける術がない。
「カキィーン!」
飛び回っていたキリタが横から現れ、重剣で拳を弾いた。
「ぐっ……だが!」
ガダナバは左肩から体勢を崩されながらも、今度は胸から無数の小さな鉄球を飛ばす。
直撃コースにあるパニーは、しかし目を閉じない。
次の瞬間、軌道が落ちた。
「フォークか!?」サイが叫ぶ。
パニーを素通りした鉄球の正面にキリタが来ていた。回転しながら軒並み打ち返す。
「カカカカカカカカッキィイイイン!」
「うぉおおおおっ!?」
ガダナバに直撃し、さらによろける。
走り込んだサイの回し蹴りが、ガダナバの頭をまともに捉えた。
「ホアタァアアアアアアアアッ!」
珍妙な声を上げ、サイの正中三連突きがガダナバの顔面、喉、胸に刺さる。
「手、痛ってぇえええ!」
サイが悲愴な声を上げるが、ガダナバも顔を歪めている。それでも、
「効かねぇっ!」
拳を失った右腕がまともにサイを払い、巨体が舞った。さらに足元まで滑り込みつつあったパニーに向けて蹴りが……右足が、切り離されて飛んだ。
「カッキィーーーぐぉはっ!?」
また横から打ち返そうと入り込んできたキリタが、し損じて横っ腹を打ち抜かれ、盛大に地面を滑り、叩き付けられる。
邪魔がなくなったガダナバは再度、戻した左拳の照準をパニーに合わせる。パニーとガダナバの間にはまだ数歩分の距離があった。
「終わりだ!」
拳が飛ぶ。
その間に、
「ォオオオオオオオオオッ!」
アシュラドが身体を挟み込む。湾曲刀を両手でかざし、鉄拳を迎え撃つ。
しかし一瞬で刀は折れ、拳があばらをへし折って、さらに身体ごと弾き飛ばされた。
「がはっ!」
「アシュラド!」
さすがにパニーが叫ぶ。しかしすぐに気付いた。
アシュラドの『操作』は解けていない。
這いつくばり、血反吐を吐きながらアシュラドはガダナバから視線を外さなかった。
パニーがとうとうその足元に辿り着く。ガダナバの左拳と右足はまだ戻っていない。
「てぇええええええええええええいっ!」
パニーが、一本の槍となった。
全身のばねを余すところなく使い切って、両足で地面を蹴る。ヴィヴィディアの渾身の力が全て真下へ伝っていく。
そのまま遮るものがなければ、跳んだパニーは二十メートル以上の高さに達するだろう。
しかし、そこにはガダナバがいた。
ガダナバの、股間があった。
「あ」
パニーの頭突きがまともに捉える。
金属音は、しなかった。なにかが潰れたような感触を頭部に感じ、
「さいっっっていっっっっっ!!」
パニーが涙目になる。
しかし同時に、白目になったガダナバも涙を浮かべた。
そして飛ぶ。パニーの攻撃によって、放たれた矢の如き勢いで高く中空に舞い上げられる。
だが急所が潰れてすら、ガダナバは意識を保ち、天空に響き渡る大声量で吼えた。
「俺はッ! 『最硬』のガダナバだぁあああああああああああああっ!!」
台地に倒れ伏すサイとキリタが「股間の話?」「下ネタ?」と呟きつつ、「マジか」という顔になる。頭を押さえるパニーもまずい、と思った。
落ちてきたガダナバがまだ動けるようなら、もはや全滅は免れない。
だが、最も瀕死に近い状態のアシュラドだけは、笑みを絶やさなかった。
「くはは……間に、合った」
もちろんその呟きが空中のガダナバに聞こえたはずはない。
が、叫びは途中で驚きに変わる。
「あ……? あああああああああああああああああああああああああああっ!?」
空の彼方、陽の向こう側から光る点が向かってきていた。
それがなんなのかに気付いたからだ。
そして悲鳴になる。
「うそだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
もう、パニーたちにも見えていた。
竜だ。
飛行してきた竜が、その巨大な口を開きガダナバを取り込んだ。
と見えた瞬間、閉じられる。
台地が影に覆われ、悲鳴が聞こえなくなった。
サイ、キリタ、パニーが揃って目と口を開け放つ。
「……あれ、死んだんじゃ」
頭を押さえたパニーが空を仰ぎながらアシュラドに訊く。
手をひらひらさせ、ぐったりしながら転がるアシュラドが答えた。
「大丈夫だろ。『最硬』だし」
目を閉じた竜はその後も悠々と空を泳ぐ。
延々旋回し続ける竜を眺めるパニーがしばらくして、
「えっと……いつまで飛ぶの?」
眉を潜めると、
「降りる場所がない……やばい、気、失いそう。落ちる」
青い顔で呟いたアシュラドの手が力を失う。
『待ってぇぇぇえっ!!』
綺麗にハモりつつ、『操作』の解けたサイとキリタとパニーが慌てて駆け寄った。
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