第63話 成し遂げたのではないのですか?
パニーはそれらの話を、可能な限り言葉を選んで『時の賢者』ナウマへ訴えるように説明した。自分の話をしたとき以上に熱がこもり、顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
「おねがい。アシュラドを、やりなおさせてあげて」
賢者を説得する、という自分の使命を忘れたわけではない。しかしもはや、頭の中はそれどころではなく、みっともないくらい真っ直ぐに懇願する以外の方法が浮かばない。
じっと聞いていたナウマは困ったように目を伏せる。しかし次に顔を上げたときは、賢者の名に相応しい毅然とした顔を作っていた。
「質問します」
口調も先ほどのくだけた感じではなくなっていた。パニーが濡れた瞳で見返す。
「やり直せるとして……彼はどうやって仲間を犠牲にせず、《絶望》を倒すのですか?」
「……それは」
「聞く限り、彼の一族の命懸けの努力と偶然が重なった結果……いわば奇跡的に世界は救われたのではないですか? やり直そうとして、世界にその《絶望》がばら撒かれれば、人類全体に被害が及ぶリスクもありますよね?
ブレディアは……失敗したのではなく、成し遂げたのではないのですか?」
答えられなかった。
いや、答えようとすればいくらでも言葉を重ねることはできる。
しかしパニーは、それは自分が答えるべきことではないと思った。アシュラドが長い年月をかけて考え続けているはずのことで、適当な答えを返して間違えるわけにはいかない。
だけどアシュラドはパニーに『頼んだ』と言った。
なにかを言おうとして、なにも言えなくて……結局、
「う……っ……く……っ……」
かろうじて大泣きを堪え、しゃくりあげることしかできない。
なんて、情けないんだろうと思った。
(こんなわたしじゃ……だめだ)
さっきナウマに言った『やり直したい』という言葉に嘘はない。が、自分が語った内容に、具体的な方法がないことには気付いていた。
決定的な場にいなかったから今は考えようがない、というのは事実だ。
でも、じゃあそこにいたらなにかできるのか? 自分よりも遙かに優秀な兄や姉、親族、仲間たちが力を尽くして戦ったはずなのに? という想いを消しきれない。
いや、なんとかしてみせる。
そう思う気概すら、持ち得ていないことを痛感していた。
「パニー……」
マロナが、後ろからそっと抱き締めてきた。その温もりに慰められそうな自分が、薄汚く思える。マロナが今どんな顔をしているのか、それすら確かめる勇気はなかった。
「ごめん……なさい」
一体なにに謝っているのかも解らない。
ナウマが、溜息をついた。
呆れられて当然だ、と思ったがどうやらそういう意味ではないらしい。
それをきっかけにして、毅然とした態度が崩れた。
「泣かないで? 君みたいなちっちゃくて可愛い子に泣かれるのは、弱る」
親戚のおばちゃんみたいに笑って、頭を軽く撫でてくる。そして、
「ごめんね」
と言った。パニーはあやされているのが情けなくて、嗚咽を堪え、半分以上漏らしながら首を横に振る。
ナウマが纏っている布の端でパニーの顔を丁寧に拭いてくる。
それから「あのね……」と、再び口を開いた。
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