第61話 仲間だったものを操り、殺し合わせた
パニーにアシュラドの過去を語ったサイは、こんな風に言っていた。
『結果から言えば、復活した《絶望》は滅びた。だが引き替えに、あいつ以外、皆死んだ』
魔王あるいは《絶望》と伝わっていたその存在の正体は、竜のような強大な獣でも、不可思議な力を持つ神のようなものでもなかった。
『いわば実体と意思を持つ、病だ』
病原菌は通常肉眼で見えないほど小さく、空気などを伝って感染していく。
それが、竜に匹敵する巨大さで存在していた。
しかも《絶望》は分裂する能力を持っていた。半液体のようなそれは人体に入り込み、脳を蝕んだ。竜との盟約によって手に入れたというブレディアの特殊能力の数々は、ろくにその真価を発揮されないまま、老若男女構わず侵されていった。そして侵されたものは意思を失い、乗っ取られていった。
エスペロは初め、《絶望》自体を『操作』しようと試みた。しかし身体を動かす
エスペロは他のブレディアらに庇われ、ひとりひとり、自己を失っていく様を目の前で見た。希望の名を冠する自分がなんとかしなければ、と思いながら、どう『操作』を使えばいいのか、全く解らなかった。
多くの犠牲が出る中、絶体絶命の状況で、それまで成功したことがなかった竜の『操作』に成功した。しかしそれを嘲笑うように、《絶望》は侵食を広げていった。
力が覚醒しても、為す術なく仲間が死んでいく中、エスペロの精神は半壊した。
エスペロの父もまた、サイに「俺の
打開策が見つかったのは、全くの偶然だった。
荒野を逃げ惑うサイが、体力の限界を迎えた。よろけて膝を突いたところを感染したブレディアが襲ったとき、とっさにエスペロはサイを助けるために『操作』を使った。
それで気付いた。
《絶望》そのものは無理でも、感染した者は『操作』できる。
『そして、あいつは仲間だったものを操り、殺し合わせた』
感染した者の一部を『操作』して他の者を阻み、無我夢中で数を減らした。きりがなかったので、一カ所に誘導して集めた。
『そして最後は竜の吐く炎で、焼き尽くした』
骨も残さない灼熱の火炎で、消滅させた。
古代、死んだ者を火葬する習慣はなかったという。肉体を維持していれば、蘇るかもしれないと考えられていたからである。
故にサイは、竜がその身体で封じていた《絶望》とは、当時の感染者たちだったのかもしれないと思っている。半液体の身体は、蝕まれ、喰い尽くされた結果なのではないかと。
感染したと思われる竜自身が同じようにならなかったのは、食い尽くせぬほど身体が巨大だったからなのか、他の理由なのかは解らない。
ともあれ封じていた《絶望》は消え、残ったのは竜と、エスペロと、サイだけだった。
『あいつは自分を責めたよ。なにが
脳を侵されたわけじゃねえはずなのに、しばらくあいつは指も動かさず、一日中放心していた。飯も食わず、水も飲まずあっという間にやつれていったから、無理矢理飲ませた』
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