第36話 キスしてくれるって
「もう無理」
キリタが床に荷物を投げ出し、宿のロビーに転がった。
整備された街道に出てしばらくして、一行は街に辿り着いた。旅に慣れていない上に大量の荷を負っていたキリタは出発直後こそ横を歩くサイに文句を垂れていたものの、道中どんどん口数が減っていった。
「こら、子どもか。恥ずかしいから立ちなさい」
マロナに叱責されるが、無視する。すかさずアシュラドが『操作』して立たせると、
「痛い! 全身が痛いっ!」
顔を歪めた。使い慣れない部分の筋肉が悲鳴を上げているらしい。アシュラドはやめるどころかむしろ笑みを深め、二階の部屋へ向かうべく階段を上らせる。
「うぉおおおおおおおおお」
なんとも言えない軋んだ声を出しながら部屋に入ると、『操作』を解かれて床に倒れる。
「せ、せめてベッドの上に」
「自分で這い上がりなよ」
ついてきたマロナが見下すように顎を傾けた。
「手が上がらない……」
「今起きたらパニーがキスしてくれるって」
「ぬぅぉぉぉぉおおおおおおおっ!」
微動だにしなかったキリタが、猛獣に押さえ付けられながらもはね除けようとするような気合いで腕立ての姿勢になる。
「ぜったいしないからね!?」
部屋の外からパニーが突っ込んだ途端、キリタの身体は今度こそ動きを止め、床に崩れた。
「駄目そうだな、こりゃ」
サイが入ってきて、荷を下ろす。
「とりあえず、キリたんが置いてきた荷物、持ってくるわ」
そう言ってすぐ出て行った。
「キリたん、て」
「いつからそんな仲良しに」
パニーは冷ややかに、マロナは噴き出しそうな顔で言うと、キリタはうわごとのように
「あいつが勝手に言ってるだけ……だっ!?」
言う途中、腕をアシュラドに『操作』されて顔をしかめる。
「マジッ、マジッ」
やめろ、という意味だろうが言葉にならないようで口をぱくぱくさせる。アシュラドは意地の悪い笑みを浮かべていた。新しい玩具で遊ぶ子どものような顔だ。
「仕方ねえ。キリタタルタは置いてこう」
「ま、しょうがないね」
「今からどこ行くの?」
アシュラドとマロナの会話にパニーが入る。
「とりあえず売り物を持って、買い物しつつ聞き込みだね」
「売り物? 買い物?」
「見知らぬ土地で自然に情報収集するには、物を売り買いするついで、が一番怪しまれない。
普通に路銀も稼いでおきたいし。
ちなみに、サバラディグでも最初はそうやってパニーのことを聞き込んだんだよ」
「へぇえ」
パニーが素直に感心する。
「ぞろぞろ連れ立ってると目立つから、ふた組に分かれようか。そっちのが効率的だしね」
「だったら僕とパ!」
復活しようとしたキリタが途中で絶句する。アシュラドが『操作』で腰をねじったのだ。
「ふむ、確かに組み合わせは重要だね」
マロナは折ったひと差し指を唇に当てる。
「男女で分ければいいんじゃねえの?」
ちょうど階下から荷物を持ってきたサイが言うと、マロナは半眼になる。
「却下」
「なんで?」
「あんたらをふたりにしたくないから」
「え、なにぃ? 嫉妬してんのぉマロナっち。どっちにぃ?」
いやぁだぁ、とおばちゃんみたいな身振りをするサイのサングラスの鼻の部分をそっとつまみ上げて、マロナはおもむろに逆の指で目潰しする。
「ぐぅああぁぁああああああっ!」
「パニーを誘拐してきやがったのを忘れた?」
にこやかに訊かれたサイは床に倒れて目を押さえており、返事どころではない。
アシュラドは静かに合掌し、パニーは「一瞬だから目、見えなかった」と、悔しがる。
「まあ、じゃなくても女ふたりだけだと舐められやすいし。
そうだなぁ……じゃ、こうしよう」
そしてマロナの提案に従い、四人はキリタを置いて街へ出る。
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