第37話 死んじまってるかもしれない

「ねえとーちゃん、あれ買ってーっ」

 大はしゃぎで串焼きの露店を示すのはパニーである。例によって笑顔ではないが、見る者が見れば相当テンションが高い。

「ま、待てようパナコ。とーちゃん、もうすっからかんさ」

「うそだぁー。まだ左胸のポケットにもうひとつ財布あるもんっ」

「なんで知ってんの!?」

「立ち姿のバランスっ」

「達人か!?」

 パニーとサイがとんだ茶番を演じるのは、マロナが「親子のふりして行きな」と言ったからだ。アシュラドとパニーの組み合わせは目立ち過ぎるし、見た目の年齢差が親子としても兄弟としても微妙だ。さらにアシュラドは口を開けば基本上からなので、聞き込み初心者のパニーにフォローは無理だろう、とのこと。

『わたしとサイも……親子っていうのは、ちょっと無理がない?』

 でっかくて浅黒い肌と銀髪ドリルヘアーのサイに、ちっちゃくて白い肌と桃色の髪のパニーは、ある意味四人の中で最も対照的と言ってもいい。

 数秒黙り込んだマロナは、極めて小さな声で『めんどくせ』と吐いた後、

『娘が父親に懐き、甘えてればよし! それなら誘拐とかは疑われない!』

 力強く言って、さっさとアシュラドの腕を引いていった。

 というわけで、若干腑に落ちないながらも通りに出たパニーは『父親に甘える娘』となり、饅頭、揚げ餅、焼きもろこし、飴細工……食べ物の露店を見る度にサイにおごらせている。

 初めのうちはサイもそんなパニーを可愛く思った。しかし二軒目、三軒目と続くうちに茶番で済まなくなった。各店でひとつずつ、なんてレベルではないからだ。

 ヴィヴィディアの胃袋が本気で甘えたら、サイの所持金など干上がった湖を手酌の水で満たそうとするようなもの。『もうすっからかんさ』は、まんざら嘘というわけでもない。落としたり盗まれたりしたときのために、予備で持っているふたつ目の財布の封印を解いたのは、初めてのことだった。そしてそれから数十分後、

「ごちそうさま、とーちゃんっ」

 街の中央にある噴水広場にあるベンチで、サイは白くなっていた。放心したように半開きになった口から、魂が抜けているような雰囲気を纏う。

「燃え尽きたぜ……真っ白に……」

「まあまあ、マロナが採ってきた植物が売れたからいいじゃん」

 隣に座るパニーは、空になった籠を下ろしている。買い食いをする傍ら、ちゃんと言いつけられたとおり薬屋や八百屋に寄って換金もした。その金には手を付けていない。

 なお、家から持ってきたクリムゾンネギが薬屋に法外な値で売れたのには驚いた。栽培難度が非常に高いらしい。

 ちなみに、ここまでなんの情報収集もできていない。パニーのはしゃぎようは半分演技だが、半分は本気で楽しんでいた。こんなに気安い身分で街を歩くこと自体が、初めての経験だったのだ。そのテンションにサイも振り回され、気付けば露店の在庫を荒らし回り、ふたつの財布を空にするまで止まらなかった。

「借金完済はまた遠のいたな……」

 ほんの微かに、サイはまあいいかという感じで笑う。その台詞に、パニーが素で反応した。

「……あの話って、ほんとうだったんだ」

 笑わない姫を笑わせようと、サイがした身の上話。

 サイを居候させていたという女ギャンブラーが、イカサマにはめられて作った借金のカタに働くと、サイは自ら志願した。しかし女はそのまま姿を消し、しかも実は書類上サイと婚姻関係を結び、夫であるサイに小国の国家予算以上の借金を押しつけていた。

 サイは「どうせ働いて返せる額じゃねえから、女を追え」と命じられ、仮初めの自由を手に入れる。しかしサイが女を追う本当の理由は捕まえるためではなく、愛していると伝えるためだという。

「……だまされてると思うんだけど」

 馬鹿な大人を見る子どもの目で見上げる。サイはムキになるかと思いきや、眉をハの字にして「ん?」と不思議そうな顔になり、それから「ああ」となにかに気付いた。

「あの話な……嘘じゃねえんだが、続きがあるんだ」

 不意に、横顔が憂いを帯びる。

「つづき?」

 どうせ真面目な雰囲気を作ったのは、脱力させるための伏線でしょ? というテンションで相槌を打った。しかし、

「彼女は、死んじまってるかもしれない」

 酷く真剣な口調は、それが冗談ではないことを示していた。

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