第11話 そんなの挿入らないっ!

「やめてぇええええっ!」

 悲痛な甲高い声が家の中に響く。

「そんなの挿入はいらないっ! 親にもされたことないのにっ!」

「あたりめーだろ」

 情け容赦ない声と共に、穴の中に硬くてぶっとい棒状のモノを無理矢理挿し込まれる。

「うっ……ううぅんっ!?」

 悩ましい喘ぎ声を上げて、引きつけを起こしたようにびくり、びくりと絶命寸前の魚みたいに震えた身体が床に落ち、そのまま沈黙した。

「情けねーな、挿れただけで」

 吐き捨てたのは挿れた張本人、マロナである。

「……うわぁ」

 ドン引きの感情を顔に浮かべている割に、薄目を開けているのはパナラーニだ。

 尻を突き出す格好で、後ろ手に縄で縛られ白目を剥いているのはサイだ。そこに長ネギが深々と突き刺さっている。ただの長ネギではない、世にも珍しい深紅の、激辛のネギ……その名も『クリムゾンネギ』である。薬味の他、強力な止血効果のある薬としても使われる食材だが、医学書には、触れた手で目を擦ったりしようものなら二日はまともに視力が戻らず、激痛と痺れに見舞われると書かれている。

 ちなみにその隣では、アシュラドが泡を吹いて倒れている。耳と口からどす黒い『漆黒唐辛子』の束が突き出ていた。こちらは触れた場所の感覚がなくなる、と言われ、麻酔としてもしばしば使われる。

「明日の昼まで食事も水も抜きね。あたしはそれで許してあげる。この子がなんて言うかは別問題だけど」

 生憎その声は、アシュラドとサイに聞こえていない。

 卓袱台の前で湯飲みを持ちながら、パナラーニは空気にまで混じる辛さに顔をしかめた。

「本当にごめんねお姫様、この馬鹿どもが……あ、名前は?」

「パナラーニ・セルクリコ」

「あたしはマロナ・クローネ。パニーでいいかな?」

「あ……うん」

「じゃあパニー。この馬鹿ども……『ケツネギ』のほうがサイ、『顔面唐辛子』のほうがアシュラドって言うんだけど、どうする? とりあえず髪でも刈っとく?」

「え、ええと」身内に対する度を超えた容赦のなさにおののく。「あの……ちょっと、かわいそうかなって」

「え」信じられない、という顔を向けられる。「なにが?」

「このまま明日まで水もなしっていうのは……死んじゃうんじゃ」

 冗談で言ったわけではない。それくらい、空気が辛い。ふたりは本気で意識を失っている。

「優しいんだね、パニー」

 皮肉ではないようで、マロナはふたりに向けていた鬼のような冷たさが別人のように、つられてしまいそうな笑みを浮かべる。

「でも、罪には罰で、それも、身体で覚えられるようにしないと。こいつらのやったことはこれでも足りないくらいだよ」

「それは、わたしが王女だから?」

「ううん?」マロナはそんなことを言われるとは思ってなかった、という顔で答える。「他人に望まないことを強制する、っていうのは、最も重い罪だ。言うことを聞かせたいなら、相手をその気にさせなきゃいけない。騙すとしてもそうしたほうが、余程いい」

「はぁ……」

「それで、これからどうする? 暗くなってきたけど、今から帰るなら送ってくよ? ただ、さすがに……こいつらを殺すのだけは勘弁してやってほしいんだけど」

 最後の言葉で、

(ああ、やっぱり仲間なんだな)

 とパニーは思った。この場の、彼らを裁く主導権を掴むために敢えて厳しくしたのかもしれない、と。だが嫌悪感はなく、むしろ何故か羨ましいような気持ちがほんのり湧いた。

「あの……」

「ん?」

 実際、パニーは自分が誘拐されてきたということが半ば頭から抜けていた。そもそもこの状況なら、その気になればすぐにでも帰れるだろう。目の前で魂が抜けたようになる男ふたりに、怒る気にもなれない。今頭に残っているのは、

「ほんとう? 『時の賢者』を探してるって」

 そのことだった。

「ああ、うん」マロナはすんなり頷く。「あたしたちは実在を信じてる」

「……どうして」

 さっき、アシュラドに「俺たちと来るか?」と聞かれて答えた内容は、妥当だと思う。しかし少し時間が経って、落ち着いて……改めて考えると、パニーにとってその実在が、とても魅力的……いや、魅力的過ぎるくらいの内容だと思えてくる。少なくとも無為に感情を殺して城に閉じこもるより、騙されたとしても探す価値はあるんじゃないか、というくらいに。

「んー、そこまではこいつらも説明しなかったのか……まあ、いきなり言って信じてもらうのは難しい内容だからね。ひと言で説明するのも難しいし。聞きたい?」

 パニーは自分でも意外なほど、躊躇なく頷いた。マロナが僅かに目を細めて「解った」と答えた後、「でも」とひと差し指を立てる。

「そろそろ夕食の準備をしないといけないから、後でもいいかな。すぐ帰らないなら、食べていきなよ。お腹空かない?」

 言われてパニーは、空腹に気付く。久しぶりに激しく身体を動かしたからだろうか。

(……もう、ずっと、こんなのなかったのに)

 食べきれないほどの御馳走を並べられても、ほとんど喉を通らない日々が続いていた。パニーの身体が細いのは元々だが、近頃はそれだけではない。

 お腹を押さえるとタイミング良く腹が鳴り、赤面する。

「あはは、決まりだね」

 マロナがくだけた笑いかたをして、立ち上がった。

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