第5話 歩み

 しばらくしてリオンは迷宮の1階層から2階層まで降りた。


 まだ出てくる魔物のランクはCが多めだけど時々Bのトラウムソルジャー、骸骨の剣士の魔物とも遭遇した。


 トラウムソルジャーは固有魔法『永久再生』を持ってる魔物。

 核となる部分を破壊しない限りその骨の体は際限無く復活する厄介な相手……って思ってたけどやっぱり魔法自体が私と戦闘する瞬間に機能しなくなってた。

 正確には私がダメージを与えると機能しなかった。


 多分ゴブリンのときのことも考えると、普通だと固有魔法は発動してるみたい。

 だけど私はその固有魔法の影響が全く聞いてない。

 それは私の持ってる武器も同様で、多分付与状態と常に同等の状態を保ってるんだと思う。

『能力確認』のウインドウには付与状態は書かれてなかったことから考えると……魔法適正無効は私自身、そして私の持ってるものに無意識のうちに作用してるってことで間違いない……


 と、そんなことを考えてるうちにトラウムソルジャーが首だけに……

 つまり核は頭だね。

 私はトラウムソルジャーの頭の骨に剣を突き刺した。案の定そこには核があって壊れた瞬間に目のにがりが消えた。


「ふぅ……」


 ここに来て少し疲れたかも……


 リオンは確実にレベルを上げ成長していた。自分の身に宿った『魔法適正無効』の能力がどのように作用するのかもリオンは大まかではあるが理解できていた。

 しかしここで迷宮はリオンに牙をむく。


 ズン!!ズン!!


 突如響き渡る大きな足音、そして話し声。


「おい、本当にここに魔法を使わない剣士がいたのか?」

「グエ!!」

「ああ!?一階層だと?そんなのレベル1か2くらいの雑魚だろ」


 そして闇から姿を表したのはランクではBと書かれているけど上位のものではAランクにも匹敵する、


亜鬼王ゴブリンキング……」


 リオンは額に流れる汗を拭いながらぽつりとそう呟いた。


 目の前に現れたのは五体のゴブリンを従え言葉を話す巨体。

 リオンの三倍以上の体長を持つゴブリンの王『亜鬼王ゴブリンキング』だった。


「ああ?何だこのガキ?」

「グエ!!グエグエ!!」

「なに?コイツがお前らを追い詰めた剣士だと?ただの人間の女、それもガキじゃねぇか!!」

「グエ!!!」

「ああ、分かったって。コイツなんだな?お前らは手を出すな」


 すると亜鬼王ゴブリンキングは一歩踏み出し私に近寄ってきた。

 その足が動く度に地面は大きく揺れ、私はその場でただ立ち尽くしていた。


「お前が、俺の部下の小隊を潰したのか?」


 片手には大きなナタが持たれていて……血が付着していた。


「……」


「おいおい…喋れねぇってことはねぇだろ!!」


 私はそれでも亜鬼王ゴブリンキングの問には答えなかった。

 目の前の状況を判断してどうこの場を切り向けるかを考えていた。

 相手はおそらくランクA。今の私じゃあ勝てない。

 だったら時間を稼ぐためにここは会話に乗るべき、


「はい……私があなたの小隊を倒しました」


 亜鬼王ゴブリンキングの顔がみるみる笑顔になっていく。


「くはははは!!!いいじゃねぇか!!俺様の名前はゴルド。この迷宮のゴブリンの王だ」


 この迷宮のゴブリンを統べる者……


「お前は運がいい。なにせこの俺に殺されるんだからな!!!安心しろ、お前は顔もいいから死んだあとは一生首を飾って愛でてやるよ!!」


 背筋が凍った。

 そしてそんな私にはお構いなしに亜鬼王ゴブリンキングゴルドは右手に持ったメイスを振り下ろした。

 相手はおそらくランクA

 今の私だと十中八九殺される。それにもうこの場から逃げることは多分できない。

 ……かといってそのまま死を待つわけも毛頭ない!!


 振り下ろされたメイスは今まで私がいた場所に突き刺ささった。

 そして俊敏性を活かしてゴルドの足に剣を突き立てた。


「ああ、痛くもないな!!」


 次の瞬間、リオンの右手側からゴルドの拳が炸裂した。


 リオンの体は紙切れのように宙を舞い三メートル離れた場所に背中から落下した。

 口からは大量の血が出て鉄の味がする……

 右手は……もう使い物にならないや……


 私はダランと垂れた右腕を眺めてそう思った。

 痛みは途轍もない。ほんの一瞬でも気を抜いたら声を上げて泣きたくなるくらい。


「それにしても驚いた。俺に剣の攻撃が入るとは思わなかったぜ。俺の固有魔法は『合筋』並の攻撃じゃあ傷も与えられないはずなんだが……」


 そう言ってゴルドは自分の足の差し傷を手で撫でる。そして自然な仕草で手についた血をなめた。


「お前は俺様に傷を与えた……何年ぶりだろうなぁ!!!」


 どうやら体に傷が付いたことが許せないみたい。

 そんなの私だって……

 もう地獄はうんざり。復讐相手はクロメシア一人で十分よ。


 リオンは自分の不運を呪った。だがそれでも剣を杖代わりにして体を起こした。


 私は痛みを我慢し立ち上がる。

 そして剣を左手に持ち構えた。


「おうおう!!威勢がいいな!!気に入った。お前は殺しきらねぇ!半殺しにしたあと俺が思う存分遊んでやる!!」


 そんな言葉は聞こえない。

 私は今目の前の敵を倒すことだけを考え地面を蹴った。


 メイスが上から振り降ろされる。


 ゴルドは自分の攻撃力に絶対の自信を持ってる。確かに一撃食らってみてその威力の大きさは十分に分かった。

 警戒するべきはその攻撃力のみ、それ以外はどうということはない。


 私は上から振り降ろされる威力の高いメイス攻撃は避けることに専念し普通の横振りや連続のメイス攻撃は私も剣で受け止め隙きを付いて攻撃することにした。


 その戦法は半分正解、半分失敗だった。

 確かに剣術は私のほうが上で隙きを付いて無数の切り傷を付けてダメージを蓄積させることは現在進行形で出来てる。

 だけど想定外だったのが私の剣の耐久力のほうだった。

 ゴルドのメイスが私の剣よりも一回り大きいというところは想定してたけどゴルドの攻撃力が上乗せされたメイス攻撃は私の剣の耐久力をみるみる削いでいった。


「俺様にここまでダメージを与えたのはお前が初めてだ!!だが!!お前の剣はもうだめみてぇだな」


 鍔迫り合いの状況になったときゴルドは私にそういった。


 そんなこと分かってる……


 だから次の一撃で決めてみせる!!


 ゴルドと一定の距離を取りお互いが相手の出方を探り合う。

 そして初めに動いたのはゴルドだった。

 メイスを大きく振りかぶりながら突進してくる。

 今までの私であればこの上からのメイス攻撃は避ける戦法だったけど、もうそれはおしまい。


 私はゴルドが振り下ろしたメイスを耐久力ギリギリの剣で受け止めた……


 そして次の瞬間剣は真っ二つに折れ、ゴルドは勢い余り体のバランスを崩した。


 そこがリオンの狙いだった。

 メイスを受け止めるとゴルドは考え渾身の一撃を放つとリオンは考えた。

 そして想定の範囲内、ゴルドには想定外の事態、剣が折れた勢いで身体のバランスを崩した。


 その瞬間を利用してリオンは折れた剣をゴルドの首に突き刺した。


「グォォオ、!?!!!」


 真っ赤な血がリオンの銀色の髪を赤に染め上げた。

 そしてそのままゴルドは地面に倒れ絶命。


「あなたたちの王様は私が殺した……それでも私に勝負を挑む?」


 正直今の体力じゃあゴブリンにすら勝てないかも……だからこそ私はできる限りの殺意を込めてゴブリンたちを威嚇した。


「グ、グェ!!!」


 ゴブリンたちは運良く私に背を向けその場から去っていった。


「良かった……」


 安堵と共に疲労や痛み、空腹が一気に押し寄せてきて私はその場に倒れこんだ。




 しばらく経ち私は動かない右手の痛みを我慢しながら、腰には折れた剣をぶら下げ左手には大きな袋を持って迷宮を出た。

 私の体は亜鬼王ゴブリンキングゴルドの返り血で赤く染まって亡霊みたいだけどそれに見合った成果は勿論あった。

 最初は本気で換金屋の店員に亡霊と見間違えられたけど、事情を説明して実際に袋に入れておいた亜鬼王ゴブリンキングの首を見せるとそのままの勢いで銀貨五十枚という高額に変わった。

 それ以外にもゴブリンの耳やトラウムソルジャーの核も換金したけどそっちは銀貨二枚と余りいいお金にはならなかった。

 私は約束通りメルさんに借りた銀貨十枚を返した。


 メルはリオンのぼろぼろな姿を見て驚きを隠せない。


「リオン……一週間居ないと思ったら、こんな短期間でどうやって銀貨十枚も集めたの?」


 あれ?私って一週間も迷宮に籠もってたんだ…だからあれだけお腹が空いてたんだ……


 私は迷宮をでて換金したあとすぐに病院に駆け込んだ。

 勿論右腕の怪我を治すため。

 ここで難点だったのが回復魔法の能力も私に効かなかった点。本来なら回復魔法を使えば私の動かなくなった右手は一瞬で治るらしいんだけど……魔力適正無効のせいだよね。

 魔法が効かないということあって私の右腕は今、包帯でぐるぐる巻です。


 そしてその後に行った食堂での食事がすごく美味しがったのは私はが一週間水しか飲んでなかったからだったということに今更気づいた。


「えっと……迷宮で魔物退治を」


「リオンって何でもできるのね。驚いたわ。それでこれからはどうするの?」


 あ、そうだった。

 お金もなんとか手に入ったから、安めの宿を取ろうかな。


 リオンはこれ以上メルに迷惑をかけるわけにはいかないと判断し今後のルーブル王国では宿を取り生活していくことを伝えた。


「もう少しこの国に滞在します。お金も少しはあるので宿を取ってしばらくはそこで生活する予定です」


「そう、頑張って」


「はい、いろいろとありがとうございました」


 リオンがそう言うとメルさんは手をひらひらと振ってその場を去っていった。


 私もこれからは一人で頑張って行かなきゃいけない……改めてそう思った。


 そしてまずリオンが取り掛かったのは能力の制御だった。

 本当はもう一度迷宮に入ってレベルを上げたかったというのが本心だが今の右腕じゃ到底不可能。

 故にリオンは自身の能力を制御することを始めた。


 普通の能力は魔法を発動する瞬間に意識的に発動するものだから私の能力も制御ができると考えたのはどうやら正解だったみたい。

 宿にこもってから三日。ひたすら能力の制御に挑戦してようやく感覚が掴めてきたと思ったら次は実践で試した。

 私は新調した剣でスライムを切る。もしそこで再生しなければまだ魔法適正無効の制御ができていないということになるんだけど……


 どうやら成功したみたい。


 リオンが切ったスライムは固有魔法の『再生』を発動した。この時点でリオンは完璧に能力の制御ができるようになっていた。


 それから更に三日経ち私の右腕は魔法によってすっかり元通り。

 魔法適正無効の能力のオン、オフができるようになったのならもしかして魔力値も上昇するかもって思ってたけどそんなことはなかった。


 レベルが30を突破した今でも私の魔力値は0のままだった。

 これに関してはどうしようもないというのがリオンの本心だった。存外諦めは早くリオンはあまり気にしてはいなかった。


 そして魔法適正無効のオン、オフを身に着ける過程で私自身が魔法に対抗できる技の習得にも成功した。

 そもそも魔法っていうのは精霊と聖霊、自然に干渉して能力を引き出すことを意味する。つまり私にはその力がない。裏を返せばそれ以外なら干渉可能と判断した。

 そして私が身に着けたのが『物理能力』。

 精霊みたいにこの世界に不可視に存在するものとは違う物体にごく普通に働く作用への干渉。


 私はこの世界の人が精霊たちの力に干渉するのに対して物体の作用に干渉できるようになった。

 それは身体にかかる重力を軽くして人智を超えた速度で動けるようになったり逆に重力を操作して敵の動きを封じることもできるようになった。


 三年という月日が経ち


 そして今の私は、



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 名前 リオン・リンドブルム

 レベル 78

 攻撃 1054

 防御 1021

 俊敏 1070

 魔力 0

 能力 魔力適正無効、物理能力

 装備 リトンソード


 ===========



 特A級の魔物も問題なく倒せる実力になった。

 この世界の常人のレベル上限は70とされてる。それは精霊と能力による作用。

 だから魔法の根源となる精霊の作用を受けない私はその上限を超えることができた。


 良くも悪くも私は魔法が使えない代わりに身体の向上がこの世界では考えられないほどに上昇した。


 こうしてリオンはクロメシアに対する復讐へとまた一歩近づいた。

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