口惜し

 頷く姿を見て、旅人はお茶を一口飲んだ。


「この湯呑み、ずいぶん大事に使っているみたいだな。この座布団も、それから壁や、暖簾も。きっとこの小屋は、親との思い出が詰まった、大切な場所なのだな。

 つまり、君はこの茶屋を残そうとしているのだろう。普通、新道は開通すれば、旧い道は廃れてゆく。ここも同じだ。立派な切通しも、この茶屋も。ここが大切でなければ、人通りのない地で茶屋を続ける意味はない。新道沿いに移転するか、あるいは町に降りてしまったほうがいいだろう。

 新道ができてから外壁や屋根を張り替えたということは、この地に残るという決意表明だ。また一方で、これは親を亡くされた根拠にもなる。もし君の親が存命なら、茶屋をきれいにするなんて手はおそらく打たないだろう」


「……どうしてですか?」


「簡単な話だ。大人は現実を知っている。どんなにこの地で茶屋を続けようという志を抱いたとしても、続けていける確証はないからだ。

 そんな状況で、手元の銭を投げ出す博打はできない。まして娘がいるのだ。この地で続けていける見通しがたつまでは、小屋を新しくしようとは思わない。

 だが事実として、茶屋の外面は新しくなっている。己の熱い志をそのまま推し進めていったということが、よく伝わってくる。

 もし今ここに多くの客人がいて、賑わっていたのならば、喜んでこのアイスクリームを口にできたろう。しかし残念なことに、世は非情であるな」


 旅人が語り終えても、娘はしばらく口を開かなかった。

 その様子を見て、旅人は自らを悔いた。今の話は、娘の決心を踏みにじる発言以外のなにものでもなかったからだ。


「そんなふうに言ってくれる人、初めてです」


 娘はぽつんとつぶやいた。

 その言葉は、とても落ち着いているように思えた。


「ここに来た人は、みんな口を揃えて『おいしかったよ』と言うんです。それから『またいつか』って。でも、そう言ってくれた人の誰もが、ここに来ることはありませんでした」


 一言一言、ゆっくりと、それでいて、思いをのせて、彼女は連ねる。


「わかってたんです。わたしの力だけじゃ、なんにもできないって。でも、わたしにはここしかないんです。ここがわたしのすべてなんです」

 アイスクリームは母の自信作でした。わたしは、このアイスクリームが世界一おいしいって思ってます。生前……あの隧道ができる前、ここはたくさんの人で賑わっていました。旅人も商人も出稼ぎも、みんな母のアイスクリームをおいしいって。

 でも、お客様にとっての『おいしい』は、世界一おいしいって意味ではなかったんです。通りがかりによって食べる分には、まあそこそこ『おいしい』……その程度、だったんです」

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