雨~あるシューターのぼやき~

彬兄

本編

「なあ、雨ってその気になれば避けられるとおもわねぇ?」

 ある雨の日、アイツ(※1)は突然そんな事を言い出した。

「ほら、着弾跡見てるとさ、バトルガレッガ(※2)のノーミス最終面よか飛んでくる数少ないんだよね」

 水溜りにできる波紋を指差しながら、そんな事を言う。

「ああ、でも、弾が背景と同化して見えないから無理か。落ちてくる水滴さえ見えれば、避けれるのになぁ。そしたら傘いらなくなるし、便利だとおもわねぇ」

「思わねぇ。ていうか、たとえ見えてもおまえ以外のヤツにゃ避けれねぇ」

 まあ、いつものヨタ話だ。本気でそんな事考えてるわけじゃない。しかし、筋金入りシューター(※3)のコイツ(※4)なら、見えてさえいれば本当に雨でも避けてしまいそうだ。何しろ、レディアント・シルバーガン(※5)をソードだけでクリアする化け物だ。

「大体、体がついていかんだろうが。自分の体はレバーで動かしてるわけじゃねんだぞ」

「いや、それが案外避けれるんだよ、ふつうに動ければ」

「なんだよそれ、まるで体験があるみたいな言い方だな」

「いや、あるんだよね、それが。俺にしてもいまいち信じられない話なんだけど」

 他人の噂話をするような気軽さで語られたコイツの話は、確かににわかには信じがたい話だった。


 俺らが小学校だった頃、4丁目に駄菓子屋あったじゃん。ほら、一昨年つぶれたとこ。名前なんつったっけかな……。そうそう、いのしか堂。そこってさあ、ゲーム筐体置いてたろ、ラストリゾートとかビューポイント(※6)とか。なに、マイナー? そうか?

 いやまあ、そういう話は置いといて、そのいのしか堂。小5の夏休みだったかな。その日、たまたま友達がみんな田舎帰っちゃっててさぁ、一人で遊びにいったんだよね。

 そしたらさ、店はあいてるんだけど、なぜか店番のばあさんがいなかったのよ。

 まあ、俺の目的はラストリゾートだったから気にせずに奥のゲームコーナーに直行したんだけどな。んで、見慣れないゲーム筐体を見つけたわけだ。

 灰色の3ボタン式筐体だったっけ。見た感じメーカー名とかも書いてないし、インストカード(※7)もついてない。

 見るからにあやしげだったけど、デモ画面見た感じシューティングだったのよ。まあ、その頃新作に飢えてたし、ぱちもんでもいいかと思ってとりあえずコイン投入して、スタートボタン押したらさ、画面が行きなり光に包まれて……。

 その、なんだ。結論から言うとだな、そのとき俺はゲームの世界に吸い込まれちゃったのよ。いや、嘘じゃねえって。そりゃ夢かもってのは今でもたまに思うけどさ。でもあれは夢なんかじゃなかった。

 んでもってさ、気がつくと目の前にいる訳よ、なんかウェディングドレスみたいなのきて頭に派手派手な飾り付けた国籍不明のおねーちゃんがいてな。メローラ姫?(※8) うーん、どっちかってーとイレーネ王女っぽかったなあ。(※9)

 細かいせりふまではよく覚えてないけど、大挙して攻めてくる格ゲー帝国の軍勢からシューティング王国を守ってください、とかなんとか言われてさ。説明もそこそこに放り出されたのよ、謎の空間に。俺の体のままよくわからん原理で空を飛んで、出てくる雑魚っぽいのマイナー格ゲーキャラを目からビーム出して撃墜して……なに、ポージングでレーザー(※10)でも出してたのかって? ちげぇよ。第一、俺マッチョじゃねえし。

 最初が縦シューエリア、横シューエリア、と群がる格ゲーキャラを撃墜して、いよいよ格ゲー帝国に進入するわけだが、ここまでくると、今まで空飛んでたのになぜか歩きになるんだよな。でも、敵の本拠地近いから弾は雨あられと降ってくる訳よ。

 そう、比喩じゃなくて、もはや雨なわけよ、これが。ほとんど真上から、ランダムに、間断なくえらい数が降ってくる。ああ、明らかにパターンはなかったね。誘導(※11)もできなかったし安地(※12)もなかった。その代わりホーミング弾(※13)はおろか狙ってくる弾(※14)もなかったけどな。

 それまでのシューティングシューティングしたのステージと違って重力あるし、砲台つぶそうにも弾は上から降ってくるのにレーザーは真横にしか撃てねえし、こうなると避けるのが精一杯でさ、俺、ひたすら避けてたんだよね。

 ……どんくらい避けてたかなぁ、たぶんタイムアップだったんだろうなあ。結局一発も食らってない代わりに一発も攻撃できずに引き分けで追い返されてさ。

 それからどうしたかって? 飽きるほどリトライしたさ。やっぱ攻略できねーと悔しいじゃん。それに、こういうのって大ボス叩かなきゃ救われないのがお約束だろ。んでさ、これがだんだん慣れてくる訳よ、雨に。最初は避けるだけで精一杯だったのが、じりじりと進めるようになって、最終的には普通に歩くくらいのスピードで思った方向に前進できるようになったっけな。

 ……なんだよそのあからさまなため息は。おまえ俺が夢か何か見てるとか現在進行形で思ってるだろ。ちげーよ。夢だったらこんなに鮮明に覚えてねーよ。パターン解析しようと必死だったんだぞ。あん時のことはいまだに夢に出てきやがる。

 それを思えばさ、今降ってる雨くらい、弾筋さえ見えてりゃどうとでも避けれる気がしてくるわけよ。ていうか、今くらいの雨なら、雨粒の跳ねた跡から「こう避けてりゃあたらずにすり抜けられたな」ってポイント見えるって、マジで。

 あ? 結局シューティング王国はどうなったかって? 信じてねえんじゃなかったのかよ。ああ? 嘘でもいいから教えろだぁ? ……そうだよ。わかればよろしい。

 んで、何の話だっけ。あ、そうそう、シューティング王国か。うん、結局、格ゲー帝国を退治するというわけには行かなかったのよ。あくまで占領されてた地域を開放しただけでさ。格ゲー帝国に捕らわれてた姫、ほら、イレーネ王女似のねーちゃん、助け出したらめでたしめでたしって感じでスタッフロールだったよ。二週目?(※15) いや、さすがにそれはなかった。


「んで、いのしか堂に戻ってきたわけだ。あれだろ、ずいぶん長い事プレイしてたように思えたけど、実は10分もたってませんでした、しかもその変な筐体はなくなってましたとかそういうオチか?」

「悪かったな、どうせそういうオチだよ。まあ、信じろっつーほーがあれだから、シューティング王国云々は信じろとは言わねえよ。けど、見えさえすればこの程度の雨はどうとでも避けれるのは確かだ」

 人としてこだわるポイントがどこかずれているような気がするが……。まあ、コイツはコンパイルの代表作はザナックとアレスタ(※16)だと本気で信じてる奴だから、ある意味、非常にらしい、とも言えるかな。

「けどさあ、あんときってちょうどシューティングって冬の時代真っ只中だったんだよな(※17)。んで、次の年から新作がぼろぼろで出してちょっと盛り返すわけじゃん。

 と言う事は、だ、ひょっとして、ひょっとしてだよ。俺が救ったシューティング王国ってのは、実は……。いや、いくらなんでも自意識過剰すぎるか。忘れてくれ。

 を、雨も小降りになったみたいだな。じゃあ、俺帰るわ」

 アイツは俺にちゃかす暇を与えずに、雨の中を走り去っていった。

 アイツの背中が見えなくなった後、俺は雨宿りしていた軒先から顔を出して空を見上げてみた。ひとつ、ふたつ、みっつよっつ……ぽつぽつと雨粒が俺の頬を打つ。

「やっぱ、いくら何でもこれは避けれねぇよなぁ……」

 俺も、雨の中をつっきって駆け出した。


 ところで余談になるが、後日俺自身が近所のゲーセンで謎のゲーム筐体に吸い込まれ、アルル(※18)というよりパトラ子(※19)似の国籍不明美少女に「音ゲー魔王を倒して落ちものパズルワールドを救ってください」とか頼まれることになるのだが、それはまた別の話。

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