11月29日(金) 第一次・勉強ブーム③
……何故だか、勉強ブームが到来していた。
しかも、その影響力と拡大力は計り知れず、畔上くんのみならずそらまでをも巻き込んで、気が付けば二人ともが休み時間になる度に見知らぬ誰かに解説を始めていた。
「…………ひま」
おかげで私専用の枕はない。
固く冷たい机に頭を預け、ぐだーっとダラけてそんなことを呟いてみる。
「二人とも、忙しそうだもんね……」
そう応えてくれたのは、詩音だ。
ピンク色のフレームが光る――彼女らしいメガネを身に付け、ノートに落としていた視線をこちらへ向けた。
「けど、意外……。蔵敷くんは、ああいうことしない人だと思ってた……」
「…………割と面倒みが良い」
見直したと言わんばかりの親友の発言に気を良くし、胸を張って私が答えると、気になる一言を返される。
「……そうだね。普段から、かなちゃんに構ってあげてるくらいだもんね」
「……む、それはどういう意味?」
その不穏な物言いを問い質せば、彼女は笑った。
「だって、ほら……かなちゃんって結構マイペースでしょ? いつも突発的なことを言ったり、行動したり……でも、蔵敷くんはいつもそれを受け入れてるから」
「尤も、私はてっきりかなちゃん限定だと思っていたんだけどね」と、そう締めた詩音は私から二人へと視線を移す。
何だか、バカにされているようでムカつく……。
「…………その性格のおかげで、教える立場にならなくて済むなら別にいいし……」
「かなちゃん……それ、フラグって皆が呼んでいるものなんじゃ……?」
などという言葉を気にも留めず、ツーンと私はそっぽを向いた。
「あの……倉敷、さん……?」
「ちょっといい……かな?」
「あー……ほら、来ちゃった」
そんな、拗ねた私に降り掛かってきたのは優しい慰めでも、親しみの籠ったフォローでもない。ただの追い打ちだ。
「……………………何?」
視界いっぱいに広がる、ブラウスの布地。
顔を動かさずに目線だけを持ち上げてみれば、男子生徒が二人、問題集をもって現れる。
「いや……俺ら、文系で分からない所があってさ……」
「俺が古文、こいつが日本史なんだけど……翔真はああだし、蔵敷は理系だから……その……」
――私の元に来た、と。
……なるほど。
話は理解し、されど了承しかねていた。
「…………どっちも暗記。……頑張って」
なぜなら、理系科目と違い文系科目には理論もへったくれも存在しないからだ。
そして、だからこそ、私は好きで得意としている。
故に、それだけを言い残して再び顔を伏せると、困惑した声とともに肩を揺すられた。
「か、かなちゃん……それはちょっと、適当すぎない……?」
見れば、詩音は困り顔。
尋ねてきた二人もまた、苦笑を浮かべている。
「……でも、それが全て」
「う、うん……そうかもしれないけど……。もう少し、コツとかないの?」
むむむ……そう言われても……。
「ほら、いつも蔵敷くんに教えてるみたいに……ね?」
…………仕方ない、か。
「……現代文、古文、日本史、世界史、地理――文系科目は全て、事実を
浅く息を吐いた私は、静かに語り始める。
詩音は安堵のため息を零し、立ち聞きする二人は唾を飲み込んだ。
「だから、どの教科にも繋がりと流れがある。そこに・その時代に誰がいて、何を思って、どんなことをしたのか。必要なのは、人を知ること」
「…………………………………………」
「例えば、国語は人が記し、歴史は人が作り、地理は人が営むことで生まれた。その軌跡を追うことで、仮定は過程へと昇華される」
「……………………?」
「けれども、それはあくまでも未知へのアプローチ。そんなことを考えるよりも先に、私たちは結果を知ってしまっている」
「…………あ、あれ?」
「事実は一つ。すでにある、もうあった後。予め答えは存在し、ならば解説はその答えに基づいたただの後付けに過ぎない」
「……ちょっと、かなちゃ――」
「――つまり、覚える他ない」
どれだけ理屈をこねたところで、意味はないのだ。
文系科目の解説は、解説のための解説でしかなく、すでに起きた・記されている過去の事実をあるがままに受け入れられない者への救済措置。
「…………かなちゃん……それ、さっきと同じことを難しい言い回しで話しただけ――」
そう高らかに演説ぶる私に対して、詩音は苦言を呈する。その一方で…………。
『――分かりました! 頑張って覚えます!』
質問者たちは納得し、気持ちのいい返事でその場を去って行った。
「やったぜ、作戦成功だな!」
「俺、初めてあんなに長い時間、倉敷さんの声を聞いたわ……」
そんな満足気な台詞を残していきながら。
「…………問題ないみたいだけど?」
「えー……それでいいんだ……」
ついでに、とある少女の呆れの一声と諦観の眼差しも残されつつ、クラスの勉強ブームはまだまだ続く。
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