Nevomber
11月1日(金) オール・フォー・ワン
「精が出るっスねー」
授業の終わった放課後。
誰よりも早くに体育館へとやって来た俺は、ネットを張って一人練習を始めていた。
そんな折に、壇上へと腰を下ろしていた琴葉は声を掛けてくる。
「そりゃ、明日は地区大会だからね」
個人戦は二週間前に終わっているため、今度は団体戦。
出場する以上は負けられない気持ちもあるけれど、それ以上に勝たなければならない理由が俺にはあった。
「ほほぉー……? その割には、個人戦と同じくらい気合が入ってるように見えるっスけど?」
そのことは彼女も知っているはずだろうに、ニヤリと意地の悪そうに笑って尋ねてくる。
「……畔上翔真が、団体戦にしか出ていないからね」
「なるほどなるほど……そういえば、そうっスね。だから亮吾くんは、県大会に行かなければいけない――と」
プラプラと脚を揺らし、分かり切ったことを告げる琴葉。
それに対して、俺はため息を吐いた。
「あぁ、そうだよ。一年生の頃に初めて戦って、負けて……それから今年の夏までずっと機会を待っていた。けれど、県大会では不戦勝、九州大会では蔵敷宙に負け、全国に行ってようやく戦えたけど……結局、負けてしまった。俺はね、勝ちたいんだ。一度でいいから、その借りを返したい」
「負けず嫌いっスねー」
彼女もまた呆れたようにため息を吐く。
俺は真上に打ち上げたシャトルをスマッシュし、相手側のコート奥の隅に置いた的を打ち抜いた。
「それで? そのことを他のメンバーには言ってるんスか?」
「いいや、言ってないよ」
より正しく言うのなら、言えるわけがない。
だって、それは――。
「――俺の我が儘だからな。……彼らには感謝してる。元々、俺だけだったバドミントン部に入部して、練習場所を与えてくれて、団体戦にまで出てくれたんだ。それからも辞めずに、監督のキツイ練習にも付いて来てくれて……もう十分さ。これ以上に、何かを背負わせるようなことはしたくない。負けても『頑張ったな』って言い合える終わり方を迎えさせたい」
彼らには、ただ一生懸命にやり遂げた――という『達成感』を感じてほしい。
俺に振り回されて、畔上翔真と戦わせてあげられなかった――なんていう『後悔』はいらない。
そんなもの、一人で味わっていればそれで――。
「――ってことらしいっスよ、皆さん」
「…………は? 琴葉、何言って――」
突如として張り上げられた声に、驚きと困惑の混じった反応をしてみせると、体育館の扉が開いた。
そこには、いつもの練習着のメンバーが立っている。
「…………みんな」
一体、いつからいたのだろうか。
琴葉は、いつから気付いていたのだろうか。
何も分からず、その場で呆然と立ち尽くしていると、部員はこう言ってくれる。
「水臭ぇな、そういうのは言ってくれよ」
「そうそう、目標は全員で共有しておかないと」
「……まぁ、最初から皆気付いてたけどね」
「それに、部活だってやりたいから続けてるだけだし」
「夏の大会で、亮吾くんの懸けている思いは知っている。だから、今まで頑張ってきたんだ」
その目は真剣そのものだった。
本気で、俺の願いを背負おうとしてくれている覚悟の表情。
「亮吾くん、何か言うことがあるんじゃないっスか?」
「……そう、だな」
そんな状況に呆然とする俺であったが、琴葉の言葉に促されて我に返る。
「皆、俺に力を貸してくれ」
『おう!』
頭を下げると、気のいい返事が返ってきた。
「さーて、そうと決まれば練習だ!」
「亮吾くんの出るシングルスとダブルスは勝つだろうから、その他の僕たちが負けないようにしなくちゃね」
「いや、分からないぞ? ダブルスの方は相方の活躍次第で……」
「おい、止めろ! そ、そういうことは考えないようにしてるんだから……!」
「まぁまぁ、みんな勝てばいいんだよ」
それからはゾロゾロと体育館へ足を踏み入れ、準備を始める皆。
いつの間にか、俺の後ろには琴葉がいた。
「……亮吾くん、いい仲間を持ったっスね」
「……あぁ、本当に」
いよいよ明日は、試合本番。
色々な意味で負けられない戦いがそこにある。
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