9月25日(水) 期末考査・二日目
二日目。晴れのち曇り。
選択科目である物理、そして化学を解き終えた俺は心地よい倦怠感に包まれながら、伸びをした。
小気味よく鳴る骨の音が気持ちいい。
体育の準備運動の要領で肩や腰、首周りのストレッチをすると、それだけで身体が解れる。
「そっちは大分苦戦したみたいだな」
前の机で意気消沈の幼馴染に声を掛ければ、体を起こしてこちらに向き直り、そうして今度は俺の机に顔をペタリとくっ付けた。
「ん……まぁ。……でも、赤点は多分ない」
「そりゃ、ようござんした」
お互いに文系・理系を諦めている俺たちであるため、重要なのは補習行きかどうかだけ。
もちろん親にも先生にも小言は並べられるだろうけど、逆に言えばそれだけだしな。
「んじゃ、帰るか」
教室掃除の当番でもなく、特に居残る理由あるわけでもないので、机の横に掛けた鞄を手に持ち、そう提案する。
「……ん、帰る」
二人一緒に、教室後方のドアをスライドさせて開けると、目の前に影が現れ、つい立ち止まってしまった。
「うぉっと……」
「…………あぷ」
同時に、ぶつからないようにと後ろに仰け反ったため、付いてきていたかなたと衝突してしまう。
その悲鳴から察するに、受身なしに顔を背中にぶつけたのだろう。
「――あっ、丁度よかったです」
一方で、出現者は呑気な様子でこちらに気が付いた。
「そらくん、少しお時間いいですか?」
ぶつかった拍子に鼻が赤くなっている以外、無事な様子の幼馴染を確認し、前を向く。
そこに居たのは、我が担任だった。
♦ ♦ ♦
「なんか……俺だけ呼び出しの回数、多くないですか」
積もった不安が口から零れた。
数えてはないけれど、明らかにクラスの中でも俺だけが三枝先生とよく話している気がする。ちなみに、次点でかなた。
「そうですか? たまたまですよ」
対する先生は、いつもの笑み。
相も変わらず、何を考えているのかイマイチ分からない。
「たまたま、私がそらくんとお話したくなることが多いだけです」
「逢引ってことですか? 旦那さんが悲しみますよ」
その人をからかうような言い方に対抗するため、敢えて二葉先生のことをそう呼んでみる。
「そらくんこそ、ゆうくんを悲しませるような行為を私とするつもりなんですか? 若いですねー」
「えぇ、まぁ。少なくとも先生よりははるかに――」
「……………………はい?」
「何でもないでーす」
ずるいよなぁ……。
舌戦を挑んできてるくせに、最後はそうやって威圧してくるんだから。
俺の『先生の名前――
「……それで? 呼び出した理由は何ですか?」
疲れたし、早く帰りたいので本題を切り出す。
すると先生は、思い出したようにポンと手を打った。
「そうです、そうです。そうでした。明日はコミュニケーション英語のテストがありますよね?」
「……そうですね」
明日の時間割りは一限から、自習、コミュ英、地理――なのだけど、それがどうかしたのだろうか。
「ところで、そらくん。前回のテストのことを覚えていますか?」
「…………は? あー……満点とったら云々――って話でしたっけ?」
突然の話題転換に疑問符が生まれるが、言われるがままに記憶を探れば、一つの出来事が思い出される。
「正解です。まぁ、それはそらくんとかなたさんの二人によって、あえなく潰えてしまったのですが……その時に約束したことがありましたよね?」
……はて、あっただろうか。
思い出せないが、なぜか嫌な予感がまとわりついてくる感覚を覚え始めた。
「もしかして、忘れましたか? 皆さんのやる気を向上させるための満点システムだったのに、それを二人が消してしまったのですから、今後もそのシステムがなくてもちゃんと点数を取ってくださいね――っていう……」
「あー…………」
あったな、そんなの。
ってことは、もしかして――。
「――今回も、ちゃんと点数を取ってくださいね?」
やっぱり……ただの催促か。
「いや……でも明日は苦手教科の地理もありますし……。ちょーっと難しいかなぁ……って」
明日実施されるもう一つの教科を盾に、苦笑を浮かべて何とかならないか交渉を試みる。
すると、先方もニッコリと笑顔を向けてくれた。
「嫌ですね、そらくん。今から帰宅しても二十時間ほど、テストまで時間があります。睡眠時間を抜いても十四時間。――ほら、半分で割っても一教科につき七時間も勉強する時間はあるんですよ?」
「あの……ご飯とお風呂と通学時間が含まれていないのですが、それは」
というか、それ……昨日の俺の発言だよな?
聞いていたのかよ……。
「じゃあ、一教科六時間ですね。ファイトです!」
可愛げに拳を握り、鼓舞する先生。
……いや、鬼かよ。
半日勉強とか絶対に無理。社会人だったら、ブラック認定レベル。労基法も真っ青だ。
「――というわけで、私のお話は以上です。盗み聞きしている悪い子ともども、勉学に励んでください♪」
盗み聞き……?
言っている意味が分からず、聞き返そうとした直後、ドアの向こうから気配が膨れ、続いて脱兎のごとく駆け出す影と床材を蹴る複数の音が響き始めた。
「あっ……あいつら!」
思い当たる人物は三人。
急いでドアを開けて廊下を見渡すと、見知った背中を捉える。
「鬼ごっこは程々に〜」
愉快そうに投げかけられるそんな言葉を聞きながら、俺もまた廊下を走るのであった。
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