8月23日(金) 助っ人かなたさん

 夏休み最後の補習。

 それを終え、日課になりつつある幼馴染の部活動へと顔を出せば、ちょうど休憩時間であった。


 いつもなら、マネージャーらが配っているだろうドリンクとタオル。

 しかし、ここ最近はポツンと置かれているだけであり、部員は銘々にそれらを手に取り、隅に座って体を休める。


 そんな私もドリンクとタオル、それぞれを二つ持つと、いつものメンバーに手渡した。


「はい、そら。……畔上くんも」


「あぁ、さんきゅーな」

「ありがとう、倉敷さん」


 各々は汗を拭き、飲み物を呷る。

 その隙に……とそらの背後へと回った私は、彼の首に腕を回して後ろから抱きつくように凭れかかった。


「おい……熱いし、重い。あと、汗臭さがうつるぞ」


 少し不機嫌そうに……実際のところは疲れた素振りで呟く幼馴染。

 だけど、心配はいらない。


「……大丈夫、そのために頭にタオルをかぶせてるから。それに――」


 そこで言葉を切ると、少し汗で湿り、ほんのり火照った頭皮へと鼻を近づけ、スンスンとその匂いを嗅いだ。


「…………うん、別に臭くない」


「えぇい、匂いを嗅ぐなアホ!」


「……痛い」


 怒られ、チョップをされてしまう。

 まぁ、それでも回した腕は離さないけど。


「はは、相変わらず仲が良いな」


 ともすれば、その様子を眺めていた畔上は笑って声を掛けてきた。

 他にも、こちらを注視する部員の目は不思議と生温かい。


「……何がだよ、別にいつものことだろ」


「そう、『いつも』のことだよ。だから、仲が良いって言ってるんだ」


 今度は本当に、不機嫌そうにそらは畔上くんへと突っかかるけど、それは笑って受け流される。


 その発言に、私は少し違和感を覚えた。

 『いつも』ではない。やっていること、起きている事象はいつものことかもしれないが、関わるメンバーが一人足りない。


 ――と、そう思ったから。


「……それより、最近は休憩時間になっても詩音は来ない。忙しいのかな」


 思わず、呟いてしまった。


「まぁ、七人から四人に減ったからな。単純に考えて、負担は倍近くなってるはずだ」


「…………そっか」


 そらの言葉が頭の中をこだまする。

 けれど、下から伸ばされた腕がそんな頭の上へと置かれ、和らげるように動かされた。


「――でも、問題があれば何とかする。ないからこそ、今は動いていない。だろ、部長さん?」


「あぁ、その通り。詩音さんたちからはマネージャー増員の要望も特にないし、彼女らの活動を見たりもしたけどそこまで無理はしていなかったしね」


 …………なら、安心なのかもしれない。

 この二人が気にかけてくれているのだ。


「さて、そろそろ休憩は終わりかな」


「了解」


 心機一転。

 やる気を出して、二人は立ち上がる。私は立ち退く。


 そして、その気配を察して、周りの部員もゾロゾロとコートへと舞い戻っていった。


 そうすれば、私は脇でポツンと見守るだけの存在である。

 本格的にレギュラーメンバーの練習へと参加させられている幼馴染のプレー姿を眺めながら、思い出すのは先ほどの会話。


「――あっ、詩音。ちょっといい?」


 気付けば、親友に話しかけていた。



 ♦ ♦ ♦



 真っ赤な夕日。

 立ち並ぶ影。


 部活を終え、途中までは一緒に帰ろう――と歩く姿は四つ。

 その中でも、一番疲れた様子を見せる私は幼馴染を杖の代わりにしがみついて、こう口を開く。


「…………マネージャーって、辛い」


 あの後、手伝いを申し出た私であったのだが、その決断が間違いだと悟るのはすぐだった。


 まず、詩音の指示がとまることがない。

 仕事を終えれば、次の仕事。また次の仕事、ととめどなくやってくる。


 次に、皆の動きが桁違い。

 私が仕事を終えて報告する頃には、他の子らはすでに違う場所にて仕事を終えていたのだから。


 仕事量にして、私のおよそ三倍である。


「そ、そんなことないよー……」


 照れたように両手を振って否定する詩音だけど、一番凄かったのは他でもない彼女だ。

 誰よりも丁寧で、早い仕事。そして、的確で効率的な指示。


 ……さすがは、マネージャーのリーダー。


「まぁ……今思い出すと、翔真が入って以降のマネージャーって、多くの候補者の中からテストして選りすぐりの人を集めたわけなんだから、当然といえば当然の結果だよな」


 話を聞いていたそらは、ふとそんなことを呟いた。


「……確かに、言われてみれば」


 ということは、だ。

 私が特に心配することもなかったわけか……。


 安心したら、力が抜ける。

 より一層しがみつけば、そらは煩わしそうな顔をするが気にしない。


「俺も……部長として、部員として詩音さんたちには本当に助かっているよ」


 ともすれば、ずっと聞き役でいた畔上くんもまた口を開いた。

 休憩の時も言っていたように、彼はマネージャーの活動を見て、知っているからこそのお礼の言葉。


 だが、それはやりすぎた。

 有り体に言えば、褒めすぎた。


「気が利くし、尽くしてくれるし……きっと皆、将来はいいお嫁さんになるだろうね。結婚する人が羨ましいよ」


 唐突な一言に、親友の頬は真っ赤に染まる。

 それはもう、完熟トマトも裸足で逃げ出すレベルで。


「えっ……? あっ……あぅ…………」


 もはや、言葉は意味をなしていない。

 気が付けば、そこには夕日が二つ存在していた。

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