7月7日(日) 七夕

 長く、昔から交流のある間柄だからこそ生まれる、お互いの家の共通行事というものがある。

 その一つが本日、七月七日の七夕に行われる。


 毎年お父さんが買ってくる笹に、叶えたい願いを書いた短冊状の色画用紙を吊るす――という幼稚園や小学校で行われていそうな在り来りなものだけど、それをそらの家と共同でしていた。


 また、そこにはちょっとした特殊ルールのようなものがあり、それが一人につき二つまで――織姫と彦星のそれぞれに叶えて欲しい願いを書くことができるというものだ。発案はお父さん。

 そら曰く、どこぞの宇宙人と未来人と超能力者が登場する某作品から影響を受けたらしいけど……何のことだか。


「――かなた、見つかったー?」


「なーい」


 そんなわけで、私――私たちは今、その短冊になるべき色画用紙を探し回っていた。

 去年もやったから余りはあるはずなのだけど、それがどこにも見当たらず、現在の私はお母さんたちと分かれて自分の部屋を捜索している。


 可能性のあるところもないところも全てをつぶさに、クローゼットの隅に置かれた、私の過去の遺物をまとめている段ボールの中まで。


 しかし、目的のものが見つかるわけもない。

 当たり前だ。去年使っていたものが、どうして数年間触ってもいなかった箱から出てこようか。


 分かりきっていた事実に自嘲し、笑う。

 閉じて別の場所を探そうとした時、私の視界の端が一枚の紙の存在を捉えた。色々なものが積まれ、端っこだけしか見えないけれど、それは確実に色画用紙だ。


 何でこんな場所にあるのか、と驚きゆっくりと取り出してみれば、だけども思っていたものとは違う。


「これ……中学校の授業で書いた……」


 確かに色画用紙であるが、既に短冊状に切られ、サインペンで書き込まれた――私の過去の願いであった。


「…………懐かしい」


 忌まわしきあの日を変えたいと願って書いたもので、でも吊るすには至らなかった私の想い。

 それが今、こうして七夕に見つかるなんてどんな偶然なのだろう。


「――かなたー! 画用紙見つかったから、降りてきなさい」


 と、思い出に耽ていれば階下からお母さんの声がする。

 取り敢えずその短冊を握りしめたまま、私は階段を降りた。


 呼ばれるがままにリビングへと来てみれば、お父さんもお母さんもどこかで見つけたのであろう色画用紙の短冊にせっせと願い事を書いている。


 それに倣い、私も何か書こうと紙とペンをそれぞれ一枚と一つ手に取り、向かってみるも、不思議なことに何も書くことが浮かばない。

 …………おかしい、欲は人一倍あると自覚しているのに。


 堪らず両親二人の状況を盗み見れば、どちらもすでに二枚目へと取り掛かっており、脇に置かれた一枚目の願い事が見えてしまっていた。

 なので、少し参考にさせてもらおう。


 お母さんは――『家族団欒』か。らしくて、良いと思う。

 お父さんは――『そらくんが婿に来ますように』か。らしくて、気持ち悪いと思う。ホント、そういうところが嫌い。


 でもまぁ、二人とも自分に素直な願いを書いていることは分かった。

 なら書くことの一つはコレで決まりだ。そして、もう一つはこれを吊るすと、すでに心に決めている。


 準備のできた私たちが笹の葉に括り付けると、それをお父さんが持って外へと出た。


「よっす、かなた」


「ん……」


 そこにはすでに短冊を手に持つそらと、そらママの姿が塀越しに見て取れ、挨拶を交わす。


乃彩のあ、いつも悪いわね。旦那も仕事に行く前に書いたみたいだから、一緒に吊るさせてもらうわ」


「気にしないで、あやちゃん。夫が好きでやってることだし、飾るからには枚数多い方が綺麗だし」


 母親同士も話に興が乗っているようで、括り付けるそらママの手元をジッと見ていれば、そこには『無病息災』と『商売繁盛』の文字が。

 字から見てそらパパが書いたみたい。


 次いで明かされるお願いは『家内安全』と『交通安全』か……。家族のことを考え、車で出勤しているそらママらしいお願いごとだと思う。二人ともイメージとピッタリであった。


「そら? どこ行くの?」


 そんな折、そらママのこんな言葉が聞こえてそちらを向けば、いつの間にか自宅へと駆けていくそらの姿がある。


「ちょっと、忘れ物」


 そう言って消える幼馴染の姿を見送れば、今度はお父さんが声を掛けてきた。


「花火も買ってきたから、一緒にしようか」


 その手には線香花火や手持ち花火といった、市販の花火セットの袋が見える。


「もう……そんなものまで買ってきて」


「まぁまぁ、乃彩。夏だしたまにはいいんじゃない? そらも、その短冊付けたらやりましょう」


 無駄遣いに怒るお母さんとそれを宥めるそらママ、そして帰ってきたそら。

 そのそらであるが、忘れ物をしたという割には変化がなく、何をしに戻ったのかさっぱりであった。


 そのまま全員のお願いごと――計十二枚の短冊が吊るされた笹を見上げれば夏を感じられる。

 バケツを用意し、玄関前まで出てきた私たちはロウソクを立て、点火し、銘々に花火を楽しんだ。


 手持ち花火を複数本手に持ち、お母さんに怒られているお父さんの姿に呆れながら、私は線香花火のポツポツと落ちる光を眺める。

 その隣に気配を感じ、目を向ければ、そらが同じ花火を持って寄り添ってきた。


「……来年もやりたいな」


 そう紡がれるそらの言葉は、しかし、そららしからぬ言葉で違和感を覚える。

 でも、それ以上に聞けて嬉しい言葉だったので、私は頷くだけに留めた。


「ん……だね。来年だけじゃなく、その先も……ずっと」


 そう語り、見上げた空には綺麗な川が流れている。



 ♦ ♦ ♦



 笹の片付けは買ってきた私たちの仕事であるため、吊るされたお願いごとの短冊を私は一枚ずつ丁寧に摘み取っていく。


 そんな中、笹の頂上――一番人の目に触れづらい位置に二枚の短冊が掲げられていた。

 一枚目は言わずもがな、私のものだ。誰にも見せたくなくてこの場所を選び、それでいて今の願い事として飾った中学の私が書いた短冊。


 でも二枚目は覚えがなく、同じように色褪せたそれを捲って、今よりも少し不格好な字を読んだ。

 そこでようやく、私は全てを理解して心が温かくなるのを感じる。


 きっと見つけて読んだのだ、そらは。

 そして、同じように残していた過去の想いを、こうして一緒に供養した。


 この二枚の短冊は、きっと私の宝物になるのだろう。


 『そらと変わらない関係が続きますように』

 『かなたとの関係が壊れませんように』


 ――その願いを今度こそ、違えないために。

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