6月28日(金) 九州大会・個人戦・一日目・中
学校を無断欠席し、こっそりとそらの様子を見に来ていた私は、彼が準決勝の一セット目を奪取したことに安堵の溜息を吐いていた。
相手は県大会の同じく準決勝で負けた選手。
しかも、あとから聞いた話だとそれは誤審だったようで、あの時の悔しさとともに、今は優勢である嬉しさを一緒に感じている。
しかし、そんな私の心持ちとは裏腹に……。
「ぬわー、亮吾くん惜しかったっス……!」
やけにうるさい、一人応援団がいた。
「頑張るっスー! 負けるなー!」
「……………………やかましい」
ボソリと私は呟くけれど、聞こえない声量に抑えていたため誰も反応することはない。
そんな中、試合は二セットを始めようとしている。
とはいえ、セット間の小休憩だけでは何が変わるというわけでもなく、そのままそらが優勢の状態で試合は続いていた。
それでも、一セット目と違う点を挙げるとするなら――。
「…………相手、ミスが増えてる」
――といった具合だろうか。
けれど、うっかりと口から漏れた独り言は隣くらいには届くもので、予想外の返答が返ってくる。
「いや、アレは違うっスね。亮吾くん、何か試してる……?」
返答というよりは、声量的にそれもまた独り言に近かった。
だけども、それが私の耳に届いているわけで、だとするなら最早これは会話といっても過言ではないのかもしれない。
「試してる……? 何を?」
「分からないっス。でも、アレは普段の亮吾くんの動きじゃない。さっきからネット際ギリギリを叩いてるみたいっスけど……」
「ネット、際……?」
――っ! まさか……!
手すりを握り、身を乗り出して試合を眺める。
何度目かも分からない相手選手のスマッシュであるが、これまでのものとは何かが違っていた。
速く、疾く、一直線に伸びた打球はしかし、シャトルの羽根が白帯と接触することで勢いが殺され、ポトリと落ちる。
傍から見れば、マグレだと誰もが思うだろう。
一球限りの出来事で、試合には何も影響しないと。
だけど、その技を私は知っている。それを意図的に使える人がこの世にたった一人だけいることを。
そして、対戦相手の顔が語っていた。
決してたまたまなどではなく、自らの意思で引き起こした奇跡であると。
私はその時確かに、歪な足音を聞いた気がした。
気を取り直した次の一球。
相手のサーブからスタートしたわけだけど、続けざまに放たれたスマッシュは何の変哲もない普通のもので、そらは拾う。
そのまま数度のラリーを経て、再び対戦相手のスマッシュ。それもまたそらは拾うけれど、浮いた球はすかさずプッシュで返された。
――のだが、ネットに引っかかり、予期されていた球筋はいきなり変化をし、予期せぬ落ち方でそらは点を失う。
……間違いない。
そらほどの成功率ではないけれど、相手は確実にものにしにきていた。
同時にそれは、試合を大きく決定づける転換でもある。
フィジカル面の強化、そしてネットインの技術があってこそ、そらに軍配が上がっていた。
しかし、相対的に見て身体能力差は相手の方が高いのが事実だ。
ならば、その相手が技術面で追いついてきた時、勝敗はどちらに傾くのであろうか?
その答えは既に目の前に示されていた。
――二十一対十六。
気が付けば優勢だったそらは、二セット目を落としていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます