6月28日(金) 九州大会・個人戦・一日目・上
九州大会一日目。
本日は個人戦がメインとなって組まれた日程となっており、その中でもシングルスが準決勝まで、ダブルスが一回戦まで行われる予定だ。
そんな中、実家のある北九州から同伴してくれる監督の車に乗せてもらい、試合会場へと向かっていたのだが……気になる点が一つ。
「…………何で琴葉まで居るのかな?」
それは後部座席に座る俺の、その隣にいつの間にか存在していた細い二つのツインテールを頭から流す一人の女の子。
そして、ウチの弱小バドミントン部の唯一のマネージャーにして監督の孫で、一つ下の後輩でもある。
「そりゃもちろん、亮吾くんの活躍を拝見するためっスよ!」
そうニパッと笑い、あざとく敬礼をしながら報告してくる彼女であるが、俺が言いたいのはそうではない。
「……良いんですか、監督? 今日は平日で、彼女は同伴メンバー外で、すなわち無断欠席ですよ」
「ほっほっほ、来てしまったのなら仕方ない」
おい教師、それで良いのか……。
と、思わなくもないけれど、この人がこの孫にデレ甘なのは周知の事実であるため、ため息だけが零れる。
「それより、どうなのかね? 今年は勝てそうかな?」
「…………どうでしょうか。去年に比べて厄介な選手が一人増えていますから」
「あの少年か……全く末恐ろしい技術を持った子だ」
俺も監督も、恐らくは同じ人物を思い浮かべているのだろう。
順当にいけば今日、最終戦として戦う相手でもある。
「何っスか? 噂の畔上翔真くん以外に亮吾くんの心を揺さぶる相手でも現れたっスか?」
隣では、唯一その存在を知らない少女が話についていけず、前のめりに騒いでいた。
やかましいので黙らせたいのだが、保護者である監督はただ笑っているだけで役に立たないため、一発デコピンを浴びせておく。
「うぅ……痛いっス。でぃー・ぶいっス」
「あまり誤解されるようなことを言ってくれるな。俺たちの間に家庭的な関係は存在しない」
「じゃあ、アカデミック・ヴァイオレンスっス。略してえー・ぶ――……痛いっス…………」
何か碌でもないことを言いそうな予感がし、もう一度食らわせておいてやった。
額を押さえ、僅かに涙目である。
けれど、琴葉の言うこともあながち間違ってはいない。
畔上翔真こそ俺の勝つべき相手であるとするのなら、蔵敷宙は俺の負けられない相手だ。
己が熱望する対戦者、その対戦者が熱望する相手こそ彼。
そして、俺をあと一歩のところまで追い詰めた――いや、もしかしたら俺の方こそ敗北者だったのかもしれないと感じさせるほどの敵。
だから、今日は本気で勝ちに来た。
♦ ♦ ♦
その意気込みが功を奏したのか、気が付けば最終戦の準決勝である。
目の前に立つのは予想通りの仇敵。蔵敷宙。
選手同士の握手、そのタイミングで声を掛けた。
「君を待っていた。前回のようではない――本当の勝利を君から得て、俺は畔上翔真と戦う」
「……好きにしてくれ。俺はただ全力を出すだけだ」
俺たちは構える。サーブはこちら。
「国立トゥサーブ・ラブオール・プレイ!」
掛かる審判の声とともに一つ息を吐けば、俺はいきなりのロングサーブ。
虚をつかれた相手の一瞬の身体の硬直を見逃さず、次なる一打は深いクリアかそれをフェイントとしたドロップ系のショットと予想し構えるも、敵の放ってきた一撃は体全体を使ったスマッシュであった。
「……………………なっ!」
ギリギリ反応し、何とか相手コートに返すも既に受け身状態。
主導権を握られてはどうしようもなく、一点目はあっさりと取られてしまった。
「まだ一点……!」
勝負はまだまだ始まったばかり。
多少読みは外れてしまったけど、これからだ。
――そう、甘く考えていた。
「…………動きが違いすぎる」
それから十数球のサーブを経て、現在は二十対九。
差は縮まるばかりか、一方的に開いていた。
そのボヤキは、一ヶ月前の彼に対するもの。
以前の彼であれば、フットワークが甘く付け入る隙もそれなりにあり、それこそあの神業的なネットインをもってして互角であったのだけど、しかし今は、明らかな実力差が生まれていた。
フットワークの強化をしたのか無理な返球が少なくなっており、体幹も鍛えたのかどんな体勢からでも前より力強いショットが打てるようになっている。
そこから繰り出される通常のショットと神業ネットインの応酬は、とてもじゃないが捌ききれるものではない。
「…………今のままじゃ、勝てないか」
相手からのサーブ。
それを前に落とした俺は、返しでロビングされたシャトルの落下点にまで追い付き、一つ息を吐いて落ち着く。
やるのは今までのようなスピード重視の打球ではない。
心を静め、ひたすらに一点だけを見つめて俺は打つ。
その軌跡は一心にネットへと向かい、けれど白帯にぶつかって自陣へと落ちた。
「ゲーム。ファーストゲーム・ウォンバイ・蔵敷。トゥエンティワン・ナイン」
主審のコールが響く。
それはこの試合初めてのミスによる失点だった。
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