6月21日(金) 対峙する過去、訣別する現実、邁進する未来

 それは全ての予定を終え、日もまた地平線の向こうへと沈む帰路でのことだ。

 最近はよくウチの部活に顔を出しているかなたとともに駅への道を歩いていると、何の前触れもなく目の前に現れてきた。


「よぉ、蔵敷……この前ぶりだなぁ?」

「また性懲りもなく一緒か? あぁ?」


 文化祭の時にお世話になった、例の二人である。


「性懲りも……って言うなら、お前らの方だっつーの」


 辟易して、ついポロッと本音が零れる。

 幸いにも聞こえる声量ではなかったのだが、その事が逆に相手の気持ちを逆なでてしまったようで……。


「あ? 何言ってっか聞こえねーよ!」

「はっきりと喋ってみろや、雑魚が!」


「……何でもねーよ、忘れてくれ」


 飛び交う怒号をヒラヒラと振る手で散らしながら、俺はため息を吐いた。

 ついでに隣のかなたにも声を掛ける。


「てなわけで、俺に用があるみたいだからお前は先に帰れ」


 無駄な諍いに巻き込まれる必要もない。

 これは俺とアイツらの争いなのだ、と帰宅を促してみれば、しかし、返ってくるのは肯定などではなかった。


「……………………嫌」


「は? いや、帰れよ。ここに居ても、お前にやれることはないだろ……」


「ある。この人たちに言っておきたいことが」


 ん……? 言いたいこと?

 コイツが、アイツらに……?


「おい、止めとけ。なんか、余計に拗れそうだから」


「…………嫌」


「いや、マジで頼むからこのまま帰ってくれって。そうすれば全部丸く収まるから。収めるから」


「……嫌だ!」


「――だぁー! お前ら、うるさいわ!」

「――無視してんじゃねーぞ、コラァ!」


 ほらー、相手さんも怒ったじゃん……。

 何でこれに油を注ぐような真似をしようと思うかね……。


 面倒な流れに再びため息を吐くも、もう事態は止まらない。

 かなたも意地になったようで、俺を押し退けて一歩前に出ると、例の二人を前に屹然とした態度でこう告げた。


「もう、そらに酷いことするのは止めて。すでに私は許しているのに、それは傍から見ても分かることなのに、それでも続けている貴方たちの行為はただの暴力でしかない」


 言った。言ってしまった。

 恐らくはかなたが長年思い続けていたことであり、しかしどうしても言えなかったこと。


 それを面と向かって、浴びせかけるように告げれば、二人はワナワナと震えだす。


「は……? 俺たちのやってることがただの暴力……?」

「俺たちはただ、倉敷さんのことを思って――」


「誰もそんなこと、頼んでない」


 バッサリともう一言。

 怒りに、ワナワナと震えだす。


 今この瞬間に、彼らの名目は消えたのだ。正義として振るえる拳はもうなく、それどころか過去の行いにさえ泥を塗られた。


 そんな彼らが次に起こす行動など、目に見えている。


「そんな……こと…………?」

「ふざけたこと言ってんじゃねーよ!」


 唐突に走ってくる体躯。振り上げられた拳。

 それは迷うことなくかなたの顔へと差し掛かり――。


「……はぁー。だから、余計なことをするなって言ったのに」


 一歩前に出た俺が、右手で受け止めた。


「てか、お前も。平然と女の子の顔を殴ろうとしてんじゃねーよ」


 掴んだ腕を時計回りに捻り上げると、相手は曲がらない腕の痛みに身を捩り、そのまま背中を晒す。

 この状態であれば関節をキメて腕を折ることも可能ではあるのだが、取り敢えずは押すことで前へとつんのめらせ、同時にその背を蹴り、転ばせた。


「そら…………?」


 何が起きたのか分からないのだろう。

 かなたは恐る恐る尋ねるけれど、俺としては最初からこのつもりでいた。


「だから言っただろ。全てを丸く収める、って。もう、やられるだけの俺とはおさらばする。……ただ、その過程はお前が見るようなものでもないから、帰れって言ったんだよ」


 あの、クラスでの大立ち回り。

 自分の気持ちをさらけ出し、過去を乗り越えたあの姿を見せられれば、俺も自然と訣別しようと思えた。


 過去にできなかった、しようとさえ思わなかった抵抗を。

 今ここでうち果たし、何もかもを終わりにしよう。


「クソっ……舐めやがって……!」

「手前ぇ、虐められてたってことを忘れてんじゃねーぞ!」


 息巻く相手をよそに、俺はバッグを置いた。

 舗装された地面に何度かローファーを擦り付ければ、足を地面に慣らして構える。


「一つ、喧嘩慣れしてなさそうなお前らに良いことを教えてやる」


 この前、殴られた時に気付いたことだけど、コイツらは圧倒的に人に殴り慣れていない。


「とは言っても、俺も別に喧嘩慣れしてるわけじゃないんだけどな。でもだからこそ、素人の喧嘩ではあることが勝敗を分ける要因となる。何か分かるか?」


「知るかよ、そんなこと!」

「絶対に潰す!」


 一人が突出して走ってくる。

 が、それは残念ながら下策と言わざるを得ない。


 人数有利ならば必ず同時に、相手の攻撃のあと隙に合わせて打ち込むのが基本だろうに……。


「――相手を壊す覚悟だ」


 単純な俺の左頬へと目掛けた大振りのパンチを上半身の動きだけで躱すと、相手の走り込みの勢いを逆手に、鳩尾へ左膝を入れる。


「うおぇ……!」


 僅かにその身体が浮き上がり、動きが止まった。

 その隙を逃すことなく、両拳を固めれば後頭部に向けて一撃。


「てめっ……この野郎!」


 遅れてもう一人も殴りにかかってくるが、それもまた単調な右ストレート。

 左手でその腕を掴み、右手で襟を握れば、自分の右足で相手の右足を引っ掛け、身体の捻りを利用しながら強引に投げる。


 受身も取れず息を吐く相手。

 そこですかさず掴んだ腕を捻ると、先程と同様に倒れたままうつ伏せに移行するため、肺のあたりを踏みつけ起き上がれないようにし、そのまま踏んだ足を相手の膝の支点として腕を折りにかかった。


「ぐっ……痛い痛い痛い痛い!」


 苦悶の声が辺りに響く。

 うるさいったらありゃしない。


「黙れ。そして、二度と俺たちに関わってくるな。そうすれば折らずに済ませてやるけど、どうする?」


「わ、分かった! 分かったよ、俺たちが悪かった! もう二度と関わらねぇ! だから早く腕を……」


 そう制約を交し、一度力を弱めるも……もう一つ思い出して、再び力を込めた。


「痛てぇ! ……くそ、何だよ!」


「あと、あの時俺を虐めてたヤツら全員にも同じこと伝えといて。二度と関わるなって」


「やる! やるから、離してくれ!」


 そこまで言質を取り、解放する。


「お前、マジでふざけやがって――へ?」


 その隙に殴りかかろうとしたのだろう。

 起き上がる相手であったが、同時に俺がのしかかったために、マウント体勢へと変化するだけであった。


「……何? 今ので終わりだと思ったの?」


「い、いや……そんなまさか……」


 だよな。やるからには最後まで。

 今みたいにその場で反撃をされないためにも、再起不能にさせておかないと。


 拳を握り、顎を叩く。

 脳を揺らすように横から強く殴れば、気絶とまではいかなくとも、目の焦点が俺に合わなくなっていた。


「……じゃ、治ったらそこに倒れてるやつの介抱よろしく。約束忘れるなよ」


 果たして聞こえているのだろうか。

 まぁ何にしても、俺もコレでようやく過去を吹っ切ることができたのだ。



 ♦ ♦ ♦



 そのまま電車に乗り、現在は自宅の最寄り駅を降りたところ。


 あんな生々しい喧嘩など見せたくなくて帰宅を促したのに、それも聞かずに残ったかなたは案の定、気落ちしたように下を向き、何も話さない。


 だからといって、俺が話すこともないのだけど。

 人間――特に男というのは一度味を占めると、痛い目を見るまで止めることができないバカな性質タチを持っている。そのため、金輪際、彼らと関わりを持たないようにするにはこうするしかなかった。


 ただまぁ、嫌なものを見せたよな……とは思う。


「……………………そら」


 ここまで黙りだったかなたが、口を開いた。


「…………何だ?」


「…………もう、あんなことしないでね」


 あんなこと……喧嘩のことだろうか。それとも――。


「…………初めてそらを怖いと思った。でも、そんなこと二度と思いたくないから……だから止めて」


 怖い……か。

 あれは壊れた俺だ。壊されてしまった俺。


 人に非情なことをされ続けたが故に、人に非情になってしまった……哀れな末路。

 こうして乗り越えても、ずっと残り続ける忌まわしき傷跡。


「大丈夫だろ、もうそんなことはないさ」


「……絶対だよ?」


「……ああ」


 ――かなたが、傷つくようなことが起きない限りはな。


 一件落着した証なのか、どちらからともなく互いに手を結ぶ。

 背後から差す夕日が、繋がって一つとなった二人の影を浮かび上がらせる。


 過去、大切な少女を泣かせてしまった少年は悔いた。

 だからこそ、もう泣かせまいと、守り続けるのだと決意した。


 どんな事をしてでも、何を犠牲にしても……彼女を守る、護っていくのだと……そう――。

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