6月3日(月) 試験結果

 休みの明けた今日。

 先週、先々週と試験があったため、本日の授業の殆どがテスト返却とそれに際した採点ミスのチェック、問題の解説である。


 そして、創作物にはありがちな点数順位の掲示もまた我が校には存在するため、お昼休みはその内容で持ち切りとなっていた。


「そういえば、翔真はまた学年一位だったな」


 弁当を頬張りながら、俺は先ほど確認した掲示物を思い出す。


「九教科九百点満点中の八百七十八点とか、よーやるわ」


 平均にして九十七点ちょっと。

 これじゃ、頭の良い生徒が生まれたことによる嬉しさと、高い点数を取られる悔しさとで教師も板挟みだろうな。


「そらだって、理系科目なら俺と似たり寄ったりだろ? 確か、化学は満点取ってたし……」


「理系『なら』な。それに、似たようなことならかなたにも言える」


「……ぶい」


 したり顔でピースを決める隣の幼馴染もまた、文系『だけ』なら翔真と張り合える。

 が、どちらももう片方の分野がダメダメなのだから、あまり褒められたことは言えない。


「二人の良いところを足し合えば、完璧なんだけどな」


 冗談で言われた翔真の言葉に、俺たちは耳を塞ぐかたちで拒絶体勢をとった。


「あー、止めてくれ。その台詞は聞き飽きた」

「……親に言われた台詞ナンバー、ワン」


 ホント、成績を見せるたびに言われたものだ。

 かなちゃんみたいに解けないのか、かなちゃんに教わってきなさい――って。


「わ、私にしてみたら、それでも二人が羨ましいけど……」


 そこに横から入ってきたのは、今の今までずっと聞き役だった菊池さんである。


「羨ましいっていうのは、私たちの一部だけが突出した成績のこと?」


「うん。やっぱり、得意なことがあるのって良いことだと思うから」


 そう語る菊池さんの点数はどうだっただろうか……。

 確か……平均で八十点そこらだったかな?


「いや、でも俺……総合点では菊池さんに負けてるんだけど」

「……私も同じく」


 果たしてそれでも良いと言えるのか、そう問いてみれば驚きの表情を向けられる。


「あ、あれ……? そうなの? 二人とも、アレだけ勉強してた、のに……?」


 意外そうに見つめる、その視線が痛かった。

 見ないでくれ、これでも頑張った方なんだ。勉強しなければ、一部は赤点の可能性もあったのだから。


「あーあ、物理みたいにしてくれれば、もう少しやる気が出るんだけどなぁ……」


 後頭部に手を回せば、背もたれに身体を預けて俺はそう愚痴る。


「物理って……何かあったか?」


「あー……アレでしょ。満点取ったら、先生に高級アイスを奢ってもらえるやつ」


「そうそう、それ。まぁ、今回も九十八点って絶妙に取れなかったんだけどなー」


 教育的にどうなのだ、と言われそうなルールではあるが生徒から好評なソレは、先生側も満点を取らせまいと難問を一つ交えてくる本気の戦いだから面白い。おかげで、俺も逃してしまったしな。


 また、一部の噂では過去一度しか満点は取られたことがないらしいから恐ろしいものである。


「へぇー、そんなことやってるのか。……物理って、担当は誰だっけ?」


「学年主任で、六組の担任。あの、テニス部の顧問の」


「あー、あの先生か。まぁ、その仕様だと生徒は確かにやる気を出すかもな」


 本当にそうだと思う。

 やはり人間は、将来のためなどというあやふやな利点よりも、目に見えた得のために動くのだ。


「あ、あの……蔵敷、くん? う、後ろ……」


 大いに納得し、満足げに思考していると菊池さんの恐る恐るとした声が届いた。

 向けられた指先は俺の後ろを指し示しており――。


「あら、それは面白い話を聞きました……ねぇ、そらくん?」


「あっ……先生……。ど、どうもです」


 腰に手を当て、少し前のめりに話す我が担任の笑みは、いつもながらに怖い。


「つまり、何かご褒美をあげればちゃんと点を取ってくれる――ということですよね?」


「えっと……はは、それはどうなんでしょうね……」


 ヤバい、逃げ道がない。

 他の三人は我関せずで目も合わせてくれないし。


「ちょっとくらい難しくしても、しっかり勉強して成績が伸びる――ということですよね?」


「む、難しくしたら伸びなくても仕方ないのでは……」


 駄目だ、何を言っても無言の圧力でやられる。

 もうこの人に言葉は効かない。交渉という概念が消えた。


「次回のテストが楽しみですね♪」


 それだけを言い残し、意気揚々と去っていく三枝教諭。

 テスト結果だけでも割とダウナーな気分だったのに、それ以上の絶望感を味わう羽目になった俺であった。

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