5月8日(水) 祭りの予感②
「昨日、今日とお疲れ様」
授業も終えた放課後。
またしても特別教員室へと呼ばれた俺は、目の前に座る女教師からそんな労いの言葉を頂いた。
「はぁ……何の事かは分からないですが、ありがとうございます」
何が何だかさっぱりだが、何となくで頭を下げておく。
世の中、意味も分からないまま行動するというのはよくある話だ。
「文化祭の出し物決めの話よ。畔上くんにアドバイスしていたでしょ?」
「アドバイスっていうか、その都度感じた愚痴をぶつけていただけですよ。それを解決案にまで昇華した翔真こそ、褒められるべきでしょう。何なら呼んで来ますか? 部活で鍛えたダッシュ力を見せてあげますよ!」
他の先生もこぞって居座るこの場から一刻も早く出て行きたかった俺は、何とか翔真に擦り付けられないかと思案する。
「…………そらくん」
「何ですか? あっ、安心してください。廊下は走りませんので――」
「そんなに、私と話すのは嫌ですか……?」
うわぁ……頷きづれぇ…………。
他クラスの担任共も一斉にこっちを注視してきて、針のむしろだ。
やっぱ、これってパワハラなんじゃないの?
「はぁー…………。……で、本当の要件は何ですか?」
面倒くさくなり、単刀直入に本題を促せば先生は心外そうに目をパチクリと瞬かせる。
「あら、本当に私は労いに来ただけですよ? まぁ、実際に来てくれたのはそらくんの方ですけど」
と言われてもなぁ……イマイチ、いやかなり信用できない。
「傍から見ていましたけど、裏で糸を引く軍師っぽくて良かったと思います」
「そんなんじゃないですよ、俺は。ただ翔真から聞かれたことに答えただけで、悪知恵を仕込んだみたいな言い方しないでください」
というかコレ、褒めてないだろ。
良かったとか言いつつ、その内容は酷いものだ。
「褒めてますよ。絶賛です。そういう、自分からは何も言っていないからと相手に思わせて、然も己の意思で選択させたというあたりが特に」
思わせたんじゃなく事実としてそうだし、全て
「今回もそうです。ジャンケンで負けたかぐや姫役のかなたさんをよく宥めましたね。さすがは、一緒に映画に出かけるほどの幼馴染」
「いや、そっちはマジで知らないんですけど……。俺、関係ないです」
そして、全く身に覚えのないことまで手柄にされている状況に俺は全力で首を振る。
確かに、今日は前回決まった演目のキャスト決めを行った。
立候補が挙がらなかったためにクラス全体でジャンケン大会をし、運悪くかなたがかぐや姫の役を射止めてイジけていたが……それに関しては本当に何もしていない。
なにせ、その時に発せられた「そらが出ないのにやりたくない」という爆弾のせいで、勝ち抜いた俺までとばっちりを食らいそうになり、それの回避で忙しかったのだから。
加えて、運なのだからしょうがないだろ――というのが本音だったりする。
だから、その後に翔真がかなたへと何かを語りかけ、それでピッタリと事件が終息した時は驚いたものだ。
マジで何を言ったんだろう……。
あとが怖すぎる。
「……そうなんですか? でもそれじゃあ、あの条件は…………そう、畔上くんの独断なんですね」
「――条件? ちょ、何ですかその怪しげな単語!」
「さーて、何のことでしょう?」
気になる物言いに言い募ってみるも、先生は答えをはぐらかすばかり。
それどころか、もう話は済んだとばかりに俺を追い出そうとする。
教員室というアウェイ空間。
三枝先生以外の常駐している他クラスの担任、という敵サポーター。
完全に勝ち目はないだろうことを悟ってしまい、その背中を押されて廊下へと導かれた。
「The key's already in your hands. それじゃあ、そらくん。また明日」
ポンと叩かれ、つんのめる。
振り返れば、そこにはもう無機質な扉しかない。
なんて言ってるか分からなかったな。
まぁ、突然の不意打ちに加え、本場のネイティブな発音はさすがに荷が重かったか。
外に映る光景は真っ赤な夕焼け。
取り敢えず部活仲間の青年に詳しい話を聞こうと思いつつ、俺は歩みを速めていく。
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