4月27日(土) 寝場所問題

 ゴールデンウィーク初日。

 さっそく昼まで惰眠を貪っていた俺は、昨日の夕方頃に受け取ったメッセージの意味を言及すべく一つの民家のインターホンを鳴らしていた。


『はいはーい、開いてるよ』


 機械越しに響く、いつもの聞きなれた声。

 その言葉を疑うことなくドアノブを引けば、僅かな重みとともにガチャリと扉は開く。


「ようこそ、我が家へ。それとも――おかえり?」


 そんな言葉とともに可愛らしく小首を傾げて出迎えてくれたのは、幼馴染のかなただ。


 だがそんなことはどうでもいい、とばかりに手元のスマホを掲げると映し出した画面を突きつける。


「どっちでもいいわ、そんなこと。……それより、何だよコレは?」


 それはメッセージアプリのチャットログ。

 簡潔に、淡々と『明日からウチでお泊まり会しよ。詳しい話はこっちに来てからね。よろ』と記されていた。


 その後には、俺の虚しくも儚い返信が行われているわけだが……見事に既読スルーだ。


「文字通り、私の家でお泊まり会をしよう……!」


 拳を突き出し、フンスと息を荒らげてやる気を見せるかなた。

 だがしかし、聞きたいことはそうじゃない。


「はぁ、もういいよ。勝手に質問するから、それにだけちゃんと答えてくれ」


「了解。……けど、立ち話は疲れるから取り敢えず上がれば?」


 促され、渋々とお邪魔すれば俺は早速口を開く。


「かなた、お前の親はどうした? いないようだけど……」


「夫婦旅行。私が勧めた」


 なるほどな。全ては計画通りというやつか。


「じゃあ次、なんでお泊まり会? 別に隣同士なんだし、必要あるか?」


「面白そう……だから?」


 思い付きで行動したのかよ……。

 なら、色んなことを想定してないだろうな。


「まぁ、別に飯を作って一緒に食べるとかだったら良いけどよ……それ以上はさすがに厳しくないか?」


 問題点を指摘してやれば、その意味を分かっていないようで頭を傾けられる。


「それ以上って、何?」


「はぁ……俺の寝場所はどこだよ? 来客用の布団とかあるのか?」


「あぁー…………多分、ない……」


 もう、呆れてため息しか出ない。


「いやでも、お母さん達のベッドが――」


他人ひとの親の寝具で寝たくねーよ!」


 何を言い出した、この娘は。アホか。

 そんな思いを込めて視線を向ければ、頬を膨らませ不貞腐れてしまう。


「……じゃあ、私のベッド」


「本末転倒かよ。なら逆に、お前はどこで寝るの? 両親の部屋? てか、自室を他人に明け渡してどうする……」


「えっ、いや……私も一緒に寝るんだけど」


 刹那の時間、思考が固まった。


「……………………いや、それこそ無理だろ」


 言われた内容、その処理が間に合わずに反応が少し遅れる。


 コイツ、一緒に寝るって言ったか?

 バカじゃね? いや、バカだろ。うん、バカだな。


「何で? 別にそらなら、変な気は起こさないでしょ?」


「いや、そうだけど……倫理的に世間的に考えろよ」


「…………別に」


 あっ、コイツ……面倒になって考えるの放棄しやがった。


「じゃあ、物理的に考えろ。一人用のベッドに二人は無理だろ?」


 小学生にでも分かるような簡単な計算問題だ。


「ふふん、残念ながら私のベッドは高校入学時に買い替えてもらった。今は広くなっている」


 ない胸を反らしてピースを作ると、続けた。


「対して、私は小柄。だから、そらが寝るスペースはある。むしろ、それでぴったりサイズ」


 じゃあ、なんで買ったし……!

 ツッコミどころ満点の内容に、思わず膝から崩れ落ちる。何なら床をバンバンと叩きたい気分だ。


 取り敢えずかなたのお母さん、それは無駄遣いというやつです。


「てか、さっきの話。お前が親のベッドで寝るっていうのは、ナシなの?」


「うん、ない。さすがの私でも、お父さんも一緒に寝てるようなベッドでは寝たくない」


 かなたの父さん……。

 あまりに不憫すぎて、こっちが泣きたくなってきた。


「ならもう諦めて、ご飯時までこっちで過ごし、お互いの家で寝ようぜ……。何がお前をそこまで駆り立てるんだよ?」


「だって……それはお泊まりじゃないもん」


 またしても、頬を膨らませるかなた。

 どうやらコイツの中では、『お泊まり』という事実が重要なようだ。


「……その『お泊まり』にこだわる理由は?」


「中学に入ってからそういうのが無くなったでしょ? 高校に上がったらそれは尚更だし、こういう機会じゃないともう出来ないから……」


 …………………………………………。


 俺は何も言うことができない。


 それは俺の罪だ。何も知らない子供が犯した、それ故に残酷な罪。

 ならば、必要なものは贖罪である。


 かなたにはバレないように薄く息を吐くと、気持ちをリセット。

 漂う空気感を元に戻すため、わざと少し大きく、呆れたようなため息をついてみせた。


「はぁ……しょうがないな、全く。夕飯は何が食べたい?」


「何でもいいー」


 一番困る解答をありがとう。


「あっ、冷蔵庫は好きに使っていいよ」


「了解」


 キッチンへと足を伸ばした俺は、早速中身を拝見させてもらう。


 いきなり始まったお泊まり会。果たしてどうなることやら。

 まぁ少なくとも、鼻歌交じりのあの姿を見ている間は成功と言って差し支えないだろうと思う。

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