4月10日(水) 部活動勧誘

「遂にこの時が来たな……」


 重々しく俺が口を開けば、隣に佇む二人――親友の翔真とマネージャーを務める菊池さんは苦笑いを浮かべる。


「そ、そんなに仰々しいもの……かな?」


「どうだろう……。俺はそうは思わないけど」


 緊張感のない会話、何とも楽観的な構えだこと。

 去年の惨状を知るその他の部員――マネージャーも含む――は、こんなに頷いているというのに。


「ま、とにかくだ。今年の女子マネの定員も二人までに絞ること。あと、なるべく運動部員を集めていることを宣伝しろ、って部長と先生に言われた」


「大丈夫だから。そんなに何度も説明するなよ、そら」


「わ、私もついてるから……ね?」


 不安を与えないためか、笑顔で応対してくれる。

 けれど、それこそが一番の懸念だ。菊池さんはともかく、翔真には裏で控えておいてほしい……本当なら。


 青い空を見つめ、あの日の事件を思い出しながら俺たち部員一同は新入生を待っていた。



 ♦ ♦ ♦



 それは一年前のこと。

 当時は新入生だった俺とかなたは、部活動紹介なる先輩たちの出し物などを見るイベントを終え、午前授業ということで帰路に就いていた。


「そらぁー……なんか入る?」


「一応、な。体を動かしとかないと健康に悪そうだし」


 質問に答えてあげれば、何故か目をパチクリと瞬かせいる。

 そんなに俺の言ったことが意外かよ……。


「おぉ……立派。なになに、何にすんの?」


 そして興味津々だった。


「……まぁ、バドかな。出会った中で一番好きなスポーツだし」


「なる、小学校の頃にも習ってたしなー。いいんでない?」


 何とも他人事な言い方だこと。

 "一緒に"習いに行ってたっていうのに……。


「じゃあ、もう入部届け出しに行くん?」


「だな。長くなるかもだし、何なら先に帰っててもいいぞ?」


「んー……いや、止めとく。なんか面白そう」


 口に手を当てしばらく考える彼女であったが、ついてくることを選択したようだ。……珍しい。


 まぁ、気分屋な嫌いがあるし、俺にも分からないことの一つや二つくらい存在するか。


 そんなこんなで、練習場所として使われている体育館の入口までやって来る。


「――って、何だこの人数?」


 目の前には人集り。軽く百人はいるんじゃなかろうか?


 この学校がマンモス校で、普通ではない生徒数を抱えているのはもう既に知っていることだが……これほどの人数が集まるのが普通なのか?


「すごいね……これ皆バド部?」


「……多分な。男女比がなんかおかしいけど」


 その比率は目算でおよそ八対二。

 ちなみに、女子が八の方ね。


 男女両方あるのは事前の説明で聞いているが、それにしても変だろう。それとも、今年の一年の間ではバドミントンブームが来てるのかねぇ……。


「はーい! それじゃあ、選手希望の方はこちらに! マネ希望は向こうにお願いしまーす!」


 すると、帽子を被り、部活Tシャツとジャージのズボンを身につけた快活そうな女性が、ハツラツとした声を辺りいっぱいに響かせて手を振っていた。


「んじゃ、行ってくるわ」


「ほいほーい、行ってらー」


 呼ばれたようなので、手を挙げかなたに伝えると、挙げ返される。


 そうして近づいてみれば、集まったのは大体二十人ちょいって所か。ここでの男女比は男が二で、女が一。


 ……ということは、向こうに七十人くらい殺到していることになるんだが、それは…………。


「おっ、君は――」


 ――なんてことを考えていたら、馴れ馴れしい様相とともに肩を叩かれる。


 振り向いてみればそこには、イケメンがいた。


「確か、俺の前の席に座ってる……蔵敷くん、だったよね? 俺は君の後ろに座ってる――」


「――知ってる。畔上翔真、だろ?」


 相手の言葉を遮るようにして先に答えを口に出せば、何やら嬉しそうにまた肩を叩かれる。


「嬉しいよ、覚えててくれたんだな」


 はにかんだ笑みも素敵なこと。

 というか、コイツの存在は忘れようにも忘れられないだろ。


 入学式では新入生代表の挨拶を務め、クラスの女子の視線を全てかっさらい、本日から早速どこぞの先輩に告白されたようなのだからな。


 嫌でも目に付き、耳に入るってものだ。

 むしろ、よく俺の名前を覚えてたな、と褒めてあげたいくらいだぜ。


「これも何かの縁だ。これからも仲良くしてくれると、助かるよ」


 万人が真似すべき、完璧な社交辞令。

 おまけに距離感が近いようで、握手まで求められた。


 俺は知っている。こういう時に大事なことは、一に空気を壊さないこと、二に否定しないこと、三に内容を直ぐに忘れることだ。


 社交辞令をいちいち真に受けていては身が持たないからな。

 こっちも合わせた態度をとって、その後はノータッチ。それが正しい処世術である。


「機会があればな」


 握手を交わし、そう一言。

 ともすれば、先程の他称女子マネさんが入部届けを持ってきてくれたためその場で記入。


 こうして難なく、俺の部活入りは決まった。


「ごめんねー、この後少しだけ伝えることがあるんだけどマネージャー希望の方でちょっと揉めてるみたい……もう少しだけ待っててね」


 そして待ちぼうけを食らう。

 なんか野次馬も集まってるみたいだし、暇つぶしも兼ねて覗きに行くか。


「――ってことなの。だから、さすがに人数が多すぎると思うので、先生と話し合って選抜することにしました。内容は私たちが普段やっている仕事を皆にもやってもらって、手際のいい人を順に四人だけ採用します」


 話の途中からでイマイチ内容は掴めないが、どうやらマネージャー採用試験でも行われるみたいだな。


 にしても七十人ちょい集まって四人……倍率十八倍ってえげつねぇ。


 どんな人がいるのかと、見渡してみれば一部分がおかしな動きをしていることに気がつく。


 なんか道を開けている、というか人を通しているというか……それも集団から抜け出るような形で。


 あっ、出てきた――かと思えば、よく見知った顔。

 向こうもこちらに気づき、駆け寄ってくる。


 あいつは一体、何がしたいんだよ……。


「なに、マネ志望だったの?」


「そう、だったの。けど辞めた。テストとか面倒そうだったし」


 コイツらしいな。


「そもそも、なんで女子マネ? 柄じゃないだろ」


「んー……何となく?」


「さいですか」


 そう答えられては、もう話の広がりようがない。

 なので、さっさと本題に入ろう。


「で、何でこの人らはこんなに集まってんの?」


「なんか、入部する子の中にめっちゃカッコイイ男子生徒がいるから世話したい――って。そら、見かけた?」


 ……想定外の返答に呆れて言葉も出ない。

 最近の女子は、それだけのためにここまで行動できるのか……。


 いや、うん……一途でいいと思う。


「まぁ…………てか、かなたも知ってるぞ」


「マジ? 誰?」


「俺の後ろの席の奴」


 ……なうろーでぃんぐ。

 こめかみをつつき、必死に記憶のメモリを読み込んでいた。


「ダメだ……全く思い出せん。誰だっけ?」


 頑張っても出なかったようで、悔しげに呻く。


「入学式の代表挨拶くん」


「あぁー、はいはい。あの人ね……納得――」


『うおぉぉぉーーー!!』


 その時、ひと際大きな歓声が鳴り、俺たちの会話を中断させた。

 何事かとマネージャー試験の様子を見てみれば、そこには残像が出そうなほどに素早い手捌きでTシャツを畳んでいる女性の姿が。


「はっや……隣の二人も凄いけど、あの子は断トツだな」


 驚きに目を丸くしていると、隣で見ていたかなたも声を上げる。


「うわぁ……菊池さん、すご……」


「ん? 知り合いか?」


 知らない名前が出てきたため尋ねてみれば、頷いて答えてくれた。


「まぁね、私の前の席の人」


「へぇー……」


 素人目にも明らか。

 結果、マネージャーとして入部できたのは、その菊池さんとやらを含めた一年生が二人と二年生が一人。


 元から三年生マネージャーが二人、二年生マネージャーが二人いたため、今後は七人体制で務めるらしい。


「入部希望者の皆さん、待たせてしまってごめんなさい! 一年生って明日から通常授業だよ、ね?」


 急な問いに、俺たちは戸惑いながらも首を縦に振る。


「――うん、だよね。なので、私たちバド部は明日の放課後から練習を開始します。オリエンテーションとか企画しているから、なるべく参加してね! それじゃ、今日は解散! 入部ありがとー!」


 最後まで元気だった女子マネのお姉さんは、大きく手を振ることで締めてくれた。

 さて、シューズとかラケットが使えるか見ておかないとな。


 ちなみに、マネージャー試験を通らなかった、かつ、それでも諦めきれなかった一部の女生徒たちは女子バド部に入ったらしい。


 女性の負けん気ってすごいね。

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